男系と女系を理解する

映画『アマデウス』に登場する長身の神聖ローマ皇帝ヨーゼフ2世は、“女帝”マリア・テレジア(1717.5.13–1780.11.29)の長男である。父を亡くし失意のモーツァルト(1756年生まれ)が、ヨーゼフ2世の前で『ドン・ジョヴァンニ』と思われるオペラを上演するシーンが目に浮かぶ。ヨーゼフ2世はドイツ語によるオペラ上演を奨励したように、プロイセン国王フリードリヒ2世やロシア皇帝エカチェリーナ2世と並び称される啓蒙専制君主として名高い。そして、ルイ16世に嫁いだマリー・アントワネットの兄でもある。

ヨーゼフ2世は、それまでのハプスブルク家の家督相続者と異なり、初の女系による継承者である。本来、ハプスブルク家はフランク王国時代の古いサリカ法を基準としており、男系男子のみが家督を継承できた。しかし、マリア・テレジアの父カール6世は男子に恵まれず、家督相続法を変更してハプスブルク家の家督を娘マリア・テレジアに相続させた。そのため、マリア・テレジアの息子ヨーゼフ2世は、母方を通じてハプスブルク家の家系に属することになる。ヨーゼフ2世以降は、父フランツ1世の家名であるロートリンゲンを取り、ハプスブルク家はハプスブルク=ロートリンゲン家となった。

一方、神聖ローマ皇帝位は、マリア・テレジアの夫フランツ1世がカール6世の後に選出されている。神聖ローマ帝国の皇帝位は世襲ではなく、有力諸侯からなる選帝侯によって選ばれるものである。外見上はハプスブルク家の世襲のように見えるが、実際にはそうではない。世襲ではない以上、男系・女系の区別も本来は存在しない。

ヨーゼフ2世の曾孫がフランツ・ヨーゼフ1世である。フランツ・ヨーゼフ1世は、オーストリア皇帝として68年(1848~1916)にわたり在位した。事実上最後の皇帝とされている。なお、神聖ローマ帝国は1806年に消滅し、その後もハプスブルク=ロートリンゲン家はオーストリア皇帝として存続した。フランツ・ヨーゼフ1世の皇后が、宝塚の演目にもなっているエリザベートである。Netflixのドラマにも登場している。

最近、「男系継承が維持されてきたのは日本の天皇家が世界で唯一である」という議論をよく耳にする。その是非をここで論じるつもりはないが、男系と女系の違いとその意味するところについて、私には長らく理解が及ばなかった。しかし、マリア・テレジアとその夫フランツ1世、そしてその息子ヨーゼフ2世の例によって、ようやく理解することができた。確かに女系継承を認めれば、フランツ1世のロートリンゲン家にハプスブルク家が吸収される可能性がある。こうなると政略結婚は、単に姻戚関係を結び同盟関係を構築するだけでなく、男子のいない王家に婿入りしてその家を継承する手段ともなり得る。ヨーロッパではこうした政略結婚が複雑に絡み合い、かつ各王家が女系も認められてきたため、家系図は極めて複雑となり理解が困難である。

日本の歴史では、10代8人の女性天皇が存在した。皇極天皇(=斉明天皇)、孝謙天皇(=称徳天皇)を含めて8人である。いずれも父系をたどれば天皇家に連なる、いわゆる男系である。「中継ぎ」とも言われるが、いずれも男系継承の範囲内にある。明治以降、皇位継承は男系男子に限定されている。ヨーロッパ史では「女帝」と呼ばれる女性がしばしば登場する。ロシアのエカチェリーナ2世、そして皇帝ではないが「女帝」と称されたマリア・テレジアである。このようなヨーロッパ史の捉え方は受験勉強では得られなかったが、実に興味深く、まだまだ深みに嵌りそうである。

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