金華山・黄金山神社 修復支援作業(1)

つむじかぜ424号より


仙台から北上する仙石線は、多賀城、塩釜を通って松島海岸を抜け石巻へと向かう。3/27、私は大学受験で仙台を訪れて以来38年振りにこの仙石線に乗った。しかし今回は3.11で線路が寸断されており、松島海岸駅から矢本駅までは連絡バスでの移動になった。あれから2年経ち、もう瓦礫はほとんど目にはしなかったが、バスの車窓からは津波の爪あとがいたるところに見て取れた。

石巻の駅に着くとそこから、牡鹿半島の突先近くにある鮎川港まで約1時間半ほど路線バスに乗り、鮎川港からはチャーターボートで20分ほどでようやく金華山に到着した。金華山への航路は、3.11で港がやられて現在も定期船がストップしている。

金華山という島は、山が海に沈み込んだかのようで平地は殆どない。港周辺にはすぐ山が迫っているが、まるでナイフで削ったように海水面から高さ20m近くまで、茶色い土肌が露出し、それがぐるっと島の輪郭に沿って続いている。強い雨が降ればすぐにも崩れてきそうである。港からすぐ山肌を斜めに一気に登っていく参道が続くが、傷んだままで補修が追いついていない。

弊社では、昨年の夏からこの金華山にある黄金山(コガネヤマ)神社の支援ツアーを組んでいる。都合7回、弊社のスタッフが添乗し延べ62名で崩れた石垣や参道の補修などを行い、年末年始の繁忙期には神社の仕事などもお手伝いしてきた。今後も続けていく。

この神社の支援をすることになった切っ掛けは、弊社の「風カルチャークラブ」で以前からご協力いただいている山形県の赤倉温泉の押切珠喜さんからのお話である。

押切さんは、赤倉温泉で旅館を営んでいるが、3.11で震災当日から避難してきた被災者たちに旅館を開放したことを切っ掛けに、すぐさま被災地を訪れその惨状に驚き、被災地の中でもなかなか支援の手が届かなかった牡鹿半島の支援に入るようになったそうだ。

そんな中で黄金山神社が3.11とその年の10月の台風で大きな被害を受けたが、なかなか金華山までボランティアは来てくれず大変困っているという話を聞きつけ、弊社の水野に相談があった。押切さんとは旧知の仲であった水野が支援ツアーを組むことを提案したというわけである。まさに人のつながりの中で始まった支援である。

今回、私は、家族4人で、この金華山を訪れた。金華山黄金山神社では、飲料水、風呂、洗濯、水洗トイレなどすべての水を神社内のダムに雨水を貯めてまかなっている。そのダムが、土砂で埋まってしまい大変困ってしまったそうだ。さあ、そのダムに新しい水路を通す。これが、今回の作業である。(つづく)

★弊社代表取締役原優二の「風の向くまま、気の向くまま」は弊社メールマガジン「つむじかぜ」にて好評連載中です。

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