『臨3311に乗れ』

つむじかぜ508号より

『臨3311に乗れ』(集英社文庫 城山三郎著)は日本ツーリスト(現在の近畿日本ツーリスト)が、戦後、名もなき小企業から上場企業にまで上り詰めていく物語である。

主人公は、創業者の馬場勇である。馬場の生家は素封家であったが親戚にだまされて没落し朝鮮に渡った。1910年(明治43年)馬場はその朝鮮で生まれ、野に放たれた虎のように育ったという。

東大経済学部を出て銀行に勤め大陸に渡り南京、北京で働いたが終戦で日本に引き上げ政府系の銀行に職を得るも、上下関係やつまらぬことに気を使うことに嫌気がさして一年足らずで辞めてしまう。

中国からの引き上げの混乱の中で、大学出のエリートたちのだらしなさを嫌というほど見たので、「学歴なんか何の役にもたたん。宮仕えはもうしない」と朝鮮銀行時代の部下と4人で食品会社を始めたが失敗。

交通公社(現JTB)に勤める知人から旅行の仕事を進められるままに「これから勉強すればいい」と「日本ツーリスト」を設立。なんとも大層な社名であるが、社長になった馬場は、最初から「日本のトーマスクック社を目指そう」と豪語した。傍から見たら大言壮語もいいとこだが、本人は大真面目である。

しかし、やることは滅茶苦茶だ。面接を受けに来た人間に、その場で採用を決め、「ちょうどいい。神戸に帰るなら臨3311に乗れ」と命じて修学旅行の添乗をさせてしまう。挙句の果てに「給料は払えないかもしれないが、いつか絶対に払う」と何の奥目もなく言い切る。資金が回らないから、支払を待ってくれるよう旅館に頼みに行き、謝りながら逆に借金を頼み込んで借りて帰ってくる。一時が万事こんな調子である。

にもかかわらず、周りの人間たちは次々と馬場に巻き込まれていく。何故か。大陸から戻って抱いた反骨心のままに、目指すものにまっすぐ向かって突き進む姿は、どこまでも純粋であり、会社を大きくしたいと思っても、金持ちになりたい、贅沢がしたい、いい暮らしがしたいなどという世俗的な欲はまったくなかったからに違いない。

金儲けをしたいという人には、やっぱり金儲けにしか興味がない人が集まってくる。馬場のように大きな夢に邁進している人の周りには、一家言あって癖は強いが夢を一緒に見ようという人が集まってくる。馬場という人は本当に魅力的で“格好いい”。

学生に読ませたら、大方は、自分にはない馬場の行動力や先見性に感心し、自分も今のままではいけないと大いに刺激を受けていた。しかし、「これブラッック企業じゃん。こんな馬場みたいな人が上司だったら嫌ですよ」という反応が、何人かから返ってきた。私は唸ってしまった。「時代が違う」と言ってしまえばそれまでだが、どうやっても伝わらない壁があるように感じた。

★弊社代表取締役原優二の「風の向くまま、気の向くまま」は弊社メールマガジン「つむじかぜ」にて好評連載中です。

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