科学者から見た日本の敗因

*風のメルマガ「つむじかぜ」543号より転載

8月には、戦争にかかわる本を読むことにしている。今年は、『虜人日記』(小松真一著 ちくま学芸文庫)を読んでみた。7月の頭に朝日新聞で紹介されていた本だが、昨年、『ペリリュー・沖縄戦記』 (ユージン・スレッジ 著 講談社学術文庫)を読んだので、今度は日本人が書いたものを読みたいと思っており早速購入してみた。

著者は、昭和19年の2月にフィリピンのブタノール製造工場に醸造技術者として徴用されたが、日本の後退戦が続く中、ネグロス島の山中での逃走生活の経験と、敗戦によって投降し捕虜(PW)となって過ごした日々の詳細な観察記を残した。

昭和48年に著者がなくなった後、戦後、貸金庫に保管され封印されたままになったこの観察記を遺族の手で編集し私家版として発行された。科学技術者としての客観的で細かな観察が淡々と綴られている。かといって第三者的な報道でもなく、感情を抑えながら自身の考えもところどころで開示している。人の胆力と本当の価値とは何かを考えさせられた。以下、少し抜粋してみる。

「日本の草と比島の草では大分違うが、(中略)少しずつ食べてみて毒にならねばどんどん食べることにした。その他、川蟹、昆虫、ヘビ、トカゲ島の動物も片端から食べて山の生活、いや野生の生活に身体が一日も早く馴れるように心がけた。」

「山の生活では食塩を中心に友軍同士が命の取り合い迄やってきた。熱帯生活において、体内の食塩が汗と共に流れ去るので食塩補給はどうしてもせねばならない。労働科学研究所の発表では、(中略)一般食物の調理の食塩のほかに一日十~十五グラムの食塩を補給せねばいけないとあった。日本軍は(中略)これには無関心でいた。米軍は、食塩を飲みやすいようにドロップにして煙草と共にレイションの入れ組品として野戦で食べるようにしていた。あらゆる点で日本は負けていたようだ。(後略)」

また、著者が「日本の敗因」について21項目について箇条書きしている。一部をご紹介する。

・日本の不合理性、米国の合理性。
・将兵の素質低下(精兵は満州、支那事変と緒戦で大部分死んでしまった)。
・精神的に弱かった(一枚看板の大和魂も戦い不利となるとさっぱり威力なし)。
・克己心の欠如。
・基礎科学の研究をしなかった事。
・個人としての修養をしていない事。
・陸海軍の不協力。
・思想的に徹底したものがなかった。
・日本人は人命を粗末にし、米国は大切にした。
・日本文化に普遍性なき為。

意外である。物量の差を敗因とするのが一般的だが、それ以外に、精神的な問題をかなり挙げている。武器もなくただただ「転進」という敗走を続けた日本軍の実態は、多くは道徳心も誇りもなくした“人間”の姿だったようだ。そうした姿を目の当たりにした著者は大東亜共栄圏の実態を猛省し、「日本文化に普遍性なき為」という指摘をしている。如何にも科学者らしい。

ここには、書けないようなことも随所に出てくる。冷静な目で戦争とは何かを見つめる良書である。

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