小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ラピスラズリ
いつの日か『四部医典』【編注:チベット医学の根本経典。チベット語では『ギューシ』。「根本・論説・秘訣・結尾」の4部で構成されているためこの名で呼ばれる。第14話「ウドゥンバラ」参照】を童話のようにして日本の人に伝えたいと思い始めるようになり、そして実際に健康雑誌『自然治癒力を高める連続講座』誌上でチベット医学を童話形式で語る『チベット医学童話 タナトゥク』を連載することになった。そもそも古代の教典や仏典というのは、不特定多数の人々や時代を超えて正確に伝えるために子供でもわかるような御伽話の形式で書かれているのではないだろうか。いざ自分が作り手側の立場になってみると気付くことがたくさんある。いつの日か日本でもお坊さんが「むかーし、むかし、お釈迦様が・・・」と御伽話のようにお経を唱えてくれないものかと真剣に願っている。

薬師如来
童話『タナトゥク』は主人公のテンジン(天人)が、村を脅かす原因不明の伝染病を治す術を求めて、伝説の医薬の都タナトゥクへと旅立つというストーリー。医学の教えを全て暗記し「ギュースム」(※編集部注:『四部医典』の秘訣部を除く3部を暗誦する試験。希望者のみが参加する試験だが、とても辛い。第14話「ウドゥンバラ」参照)を達成するまではタナトゥクを出ることを許されず、もし無理に出たならば魔法によって記憶は全て消去されてしまうという設定にしてある。物語は過去に始まり、現在、未来の地球へとつながっていく。そして2005年に執筆した最終話は2年後の未来、暗誦試験「ギュースム」に挑戦する場面を想定して締めくくった。
『2007年11月12日、医学院のお堂には多くの医学関係者が詰め掛けていました。天人は伝統衣装に身を包み、緊張した面持ちで群集の中央へと進み出ました。薬師如来に祈りを奉げ、いよいよ暗誦を始めようとしたとき、突然、胸が激しく高鳴り、眼前にラピスラズリ色に輝くタナトゥクの都が拡がったのです・・・』
ドゥク・スム・ネー・セル・サンゲー・メンギラ・ベンドゥリヤ・オー・ラ・チャクツェルロー
三毒(執着・怒り・無知)から発生する病を癒してくださる瑠璃光薬師如来に礼拝します。
(『四部医典』冒頭の礼拝文)
タナトゥクとは薬師如来が医学の教えを説かれたとされる伝説の薬王城。お城はラピスラズリ(以下ラピス)などの宝石で作られており、その中央に敷かれたラピスの絨毯の上には薬師如来がお座りになられ、その御身体もラピス色に輝いていたという。しかし、今も昔もチベットでラピスが珍重されていないのはどういうわけだろうか? もしかしたら、この医学教典は実際にラピスが珍重されていた古代文明で生まれ、チベットまで辿り着き安住の地を得たのかもしれないという空想がよぎる。しかし、残念ながら、いまの僕は古代のロマンに浸っている余裕はない。

11月3日夜11時。寮の渡り廊下で暗誦の練習に励むサムトゥブ(手前)。 奥は5番目にギュースムに挑むティンレ。
2007 年11月13日、厳かな開会式の直後にサムトゥブが先頭を切って暗誦に挑み、僕の暗誦は16日午前9時に始る。全部は無理だけども、最初の章だけはお祖母ちゃんのように優しく語って次の世代にこの物語を伝えたい。そのとき童話の世界どおりラピスに輝くタナトゥクが眼前に拡がるのを期待するほど僕はロマンチストではないけれど、当日はラピスを身につけて暗誦に望もうと思っている。そして午後1時、笑顔で暗誦を終えて童話タナトゥクを完結させたい。
参考:『自然治癒力を高める連続講座』 ほんの木出版
<小川さんの連載『チベット医学童話棚タナトゥク』は1号から8号までに掲載>

2009 年 8 月 3 日 月曜日



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