小川 康のヒマラヤの宝探し

第239回 カフェイン ~コーヒーは薬草?~

 
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「いちばん好きな薬草茶はなんですか?」と問われれば「コーヒーです」と即答している。アロマセラピーの方から「いちばん好きな香りはなんですか」と問われれば、やはり「コーヒーが焙煎された香りです」と答えている。すると「え、コーヒーって薬草ですか?」と返ってくることが多い。それには「アカネ科に分類され、中南米、アフリカ、インドなど熱帯性の気候地帯、最近では石垣島でも栽培されている植物です。しかも、茶葉と並んでもっとも世界で愛飲され、少なくとも千年以上の歴史をもっている薬草茶ですよ」と理屈っぽく返すことは実際にはないが、その思いをぐっと堪えて「そうですよね。なぜか日本ではコーヒーって薬草ハーブ、アロマ業界から仲間はずれにされているんですよね」と笑いながら答えるようにしている。


 コーヒーが非・薬草と認識されるに至った過程を振り返ってみたい。1960年以降、高度経済成長に伴ってカフェインをたっぷり配合した栄養ドリンク「リポビタンD」や「オロナミンC」が日本において流行し、同じくカフェインを含有するコカコーラが大衆化してきた。折しもさまざまな公害、薬害が起きたなかで、その反動として自然派志向が生まれてきたことは第235話で述べた。そこでノンカフェインを謳う「薬草茶、ハーブ」という新たなカテゴリー・分類が生まれてきたのである。つまり薬草茶とは、カフェインを含有するコーヒーと茶葉を除いた、「それ以外の」野草のお茶を指すようになった。「剛、もしくは男性的」のイメージがあるコーヒーを仲間はずれにし、薬草茶は「穏、もしくは女性的」イメージを謳うことで、女性を中心とした消費者に受け入れられていった(注1)。事実、僕の薬草講座の参加者の9割は女性である。それは確かに「健康や家庭を疎かにしてでも仕事を頑張ること」を美徳としていた当時の男性社会に対する必要なカウンターカルチャーだったと思う。ちなみにではあるが八世紀に編纂された四部医典にコーヒーは登場しないし、チベット人にとってコーヒーはあまり馴染みがない。


 ここでコーヒーとカフェインとの関係性を整理しておきたい。まずコーヒーに限らず、植物にはおおよそ5000個前後の成分、つまり分子が含まれている。そのなかの一つの有効成分が1829年にコーヒーから分離されカフェインと名付けられた(注2)。カフェインは茶葉、マテ、カカオ、コラ実(コカコーラのコラ)、ガラナ、カッシーナなど約100種類の植物に含有され、そのすべての植物が漏れなく近隣の民族によって疲労回復、喘息治療などのために有効利用されている。その必然性の理由はカフェインがお湯に極めて溶けやすいことにある。身近にある水を沸かし濾過することでカフェインを効率的に摂取することが可能であった。薬草茶の定義が「天然植物をお湯で煎じて得られ、穏やかな効能をもたらす飲料」だとするならば、カフェインを含有するコーヒー(または茶葉)こそ薬草茶と呼ぶに相応しい。

 こうも考えられる。コーヒーはあまりにも身近な存在になったが故に、「薬草茶」という新しいカテゴリーに属する必要がなかった。健康ブームの波に乗る必要がなかった。コーヒーはいまさら薬効を表には出さずとも、消費者が疲労回復や眠気防止に効果があることを知っている。想像してみてほしい。「コーヒーを飲んで健康に」とか「糖尿予防に」とか「癌に効く」「カフェイン○○g配合」なんて宣伝文句があったらその喫茶店に入るだろうか。僕は遠慮したい。コーヒーには歴史と文化が育まれている。コーヒーや喫茶店を各自で判断する当事者意識が育まれている。

最近、薬草関連の講演会では僕は真っ先にコーヒーの話をすることが多い。コーヒーを見習って、薬草の効果効能をいたずらに強調せず、薬草の背後にある文化や個人的な体験を紹介するように心がけている。参加者のみなさんの思い出とどこかでリンクし、当事者意識が芽生えるように意識している。そして、コーヒーを切っ掛けとして僕の講演会に限らず、薬草や「くすり」に興味を持つ人の比率が男女半々に近づいてほしいと願っている。きっとそれが自然の薬草を学ぶ「自然」なありかたではないだろうか。今度、コーヒー片手に薬草、くすりを学びませんか?


注1
17,18世紀、イギリスのコーヒーハウスでは学者が議論し、政治について語りあう場になっていた。ただし女性は店に入ることが許されなかった。コーヒーが男性的と見られる理由にはこうした歴史的な背景があることを補足しておきたい。


注2
カフェインの分子式はC8H10N4O2。植物の成分においてカフェインのように窒素(N)を四つ含んでいる分子は大変珍しく、その事実のみにおいてからもカフェインの特殊性が推察できる。カフェインは生体内においてエネルギー産生に関わる分子アデノシンと構造が似ていることから、その薬効を発揮するとされる。近年、カフェインの錠剤による死亡事故が発生したが、本来、天然物のコーヒーならば致死量に至る前に嘔吐作用が起こることが期待できる。それが天然生薬の良さである。


参考資料
『カフェイン大全』(ベネット・アラン・ワインバーグ/ボニー・K・ビーラー 八坂書房 2006)
『植物はなぜ薬を作るのか』(斉藤和季 文藝春秋 2017)



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