『ワイルド・ソウル』の衝撃

つむじかぜ463号より


「1960年?1860年の間違いじゃないのか?」まさか、戦後10年以上過ぎて高度経済成長に入らんとする時期に、こんな悲惨なブラジル移民があったとは。

『ワイルド・ソウル』(垣根涼介著、幻冬舎文庫)の冒頭は、こんな驚きで始まる。最近読んだ本の中では、石光真清の遺稿『城下の人』他四部作以来の衝撃を覚えた。

戦後の移民政策は、GHQの占領が終了してから本格化し、国策として外務省の手で行われた。このとき、ブラジルへ移民した人は約42,000人。親戚中から金を借り、新天地を求めてアマゾンの奥地へと向かう船に乗り込んだ。

しかし、整地され肥沃な農地と募集パンフレットに謳われていた土地は酸性のつよい赤茶けたただの荒野だった。赤痢、マラリア、黄熱病に次々にやられ死んで行く。「そんなバカな、これって戦後だろう。やはり小説だよな」と思いながら、そのリアルさに圧倒される。

あまりの衝撃に、白黒はっきりさせたくて、巻末に紹介されていた若槻泰雄著 『外務省が消した日本人』(副題・南米移民の半世紀、毎日新聞社)を手に入れて読んでみた。『ワイルド・ソウル』の前半に書かれていることは、ほぼ事実だという確信を持った。衝撃は、さらにズシンと重くなった。

戦後、日本は1300万人を超えるといわれた失業者を抱え、急激な人口増加を迎えていた。それが故に、海外移住が国策として掲げられ、当時の日本海外協会連合会(現・国際協力機構JICA)が、中心になって推進された。若槻氏は、その日本海外協会連合会の職員として、この海外移住の仕事に携わり、後年、告発としてこの本に自分の体験をまとめたのである。

『ワイルド・ソウル』後半は、アマゾンの奥地で虚しく死んでいった一世の子、二世たちが、日本政府に復讐を仕掛ける。私は、もうこの時点では、すっかり彼らの応援団になってしまっている。前半の衝撃的な“事実”が重く根底部分を支えていて、軽薄さは全くない。ストーリーをここで紹介するのはやめておくが、読み始めたら止まらないことだけは間違いがない。

戦後の南米移民では、ドミニカ移民の移住者やその家族が、2000年に、国を相手取って総額約25億円の損害賠償を求めて訴訟を起こし、2006年6月に、時効を理由に請求が棄却された。しかし、7月に、政府は移住者へ「特別一時金」を支払い、小泉首相の謝罪談話を発表し、原告側も受け入れて控訴を取り下げた。(知恵蔵2014の解説より一部抜粋)

一体、戦後の民主主義とは何だったのだろうか。戦後の混乱期の中で様々な事情があったとは言え、人として時代を超えたモラルというものはあるはずだ。それを、組織の中では個人が何を思ってもどうしようもなかったんだ、という言い訳で全てを片付けてしまうとしたら、恐ろしいことである。

『ワイルド・ソウル』は映画化の話もあったそうだが、立ち消えになったままだそうだ。映画になったら不都合な人がいるに違いないと、つい考えてしまった。

★弊社代表取締役原優二の「風の向くまま、気の向くまま」は弊社メールマガジン「つむじかぜ」にて好評連載中です。

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