共に生き延びたい

先週、ネパールからストールが到着した。風の縁shopで初めて扱うネパール商品である。Nepal KAZE Travel(NKT)の代表プリスビーの知人に頼み、NKTマネージャーのスレシュと大阪支店長の中坪が何回もやり取りして今日の販売に漕ぎつけた(詳細は風の縁shop参照)。

ネパールでは、人のつながりが信用を担保する。弊社もNKTがなければ、ネパールから物を仕入れて販売しようなどとは考なかったに違いない。それでも、検品という本来は現地に行って現物を見ながらやらないと心配なこともあるが、何とか彼らならやってくれると思う。

1988年、昭和63年の年末、私は初めての海外旅行でネパールのゴレパニトレッキングに出かけた。自分でネパールへ行きたいと思ったわけではなく、たまたま比田井博(初代弊社オーナー)に誘われたからだが、山登りは好きだったからネパールと聞いただけで胸躍る思いがしたのを今でも思い出す。プリスビーはその時のトレッキングガイドである。大学出のインテリで物腰も柔らかく、第一印象から信頼できる人物に映った。とはいえ、一緒に仕事をするようになるとは、その時は夢にも思わなかったが、以来、30年を超える付き合いになる。

今まで何回もNKTは困難に見舞われた。ネパール共産党毛沢東主義派(通称マオイスト)と政府軍・警察との戦いが2000年ころから激しさを増し、つきのいえ、はなのいえ辺りもマオイストの実効支配に入った。彼らは、ツーリストは巻き込まないと明言していたので何とかツアーを続けることは出来たが、2001年の6月には王宮乱射事件が起き、9.11米国同時多発テロを挟んで、11月にはネパールに非常事態宣言が出された。

この時のネパール人の落胆は、どうにも慰めようのないものだった。ネパールへの日本人観光客は激減し、その後もなかなか回復しなかった。さらには、2015年のネパール大地震で、2012年にプリスビーが始めたホテル・風ダルバールが大打撃を受けた。弊社のネパールツアー取り扱いもかつての半分以下に落ちた。

今回のコロナに関してはもう言葉が出ない。昨年の3月下旬以降、仕事は完全に消滅してしまった。日本と違って政府の援助などないから雇用を維持することも難しく、昨年の秋には僅かな人数を残して解雇するしかなかった。それでも、仕事が再開したら戻ってきてくれるとプリスビーは信じて疑わない。ネパールの人たちは、困難に慣れているから意外と平気だ、などと無神経なことをいうつもりはないが、少なくとも私たちより耐える力があり、相互に助け合って生きていけるコミュニティーと家族・親族の力があると感じる。

スタッフの生活も、長期のロックダウンで外出も制限され我慢の日々が続いたが、ここに来て、一時は、一日4000人を超えていた新規感染者数も100人前後まで減ってきている。ワクチンがどうやって供給されるかが問題だが、何とか粘って、共に生き延びたいと思う。

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