目力に感謝

昨年、私がネパールへ添乗した車いすのAさんが亡くなられた。思い出を寄せてほしいと依頼されたので、以下書いてみた。

2015年の3月4日、成田空港を飛び立ち定刻で香港の空港に到着。乗り継ぎゲートへ行くと「カトマンズの空港が閉鎖されているので出発が遅れます」とアナウンスされた。「閉鎖? 事故か事件か?」とても嫌な予感がした。原因はトルコ航空機の滑走路でのあごつき事故。結局、滑走路から退かすのに4日間かかり、Aさん他4名と添乗員の私、計5名は香港の空港ホテルで4泊することになってしまった。

予定では、ネパールで5泊、帰路機中1泊で全7日間。決して余裕はない。香港で3泊目が決まったとき「日本へ帰ってまたの機会にしませんか」とAさんに進言した。Aさんも一旦は納得されたが、1時間くらいおいて「やっぱり、1泊でもいいから行きたい。もう、チャンスはないかもしれない」こういうときのAさんの目力は強い。

2002年の夏、とある団体が主催したモンゴル旅行でもこの目力にすっかり飲み込まれた。車いすの方は乗馬をしないから車で移動だ、と思い込んでいた私たちだったが、“私たちも乗りますよ!”と同じ目力で見つめられたら、もちろん、断るわけにはいかない。モンゴル人のガイドたちに後ろから抱え込むようにして同乗してもらい、1時間ほどの乗馬を楽しんだ。その喜び方も凄かったが、以来、Aさんは私に頼めば、無理を可能にしてくれると思い込んだらしい。

トレッキングでヒマラヤを望みたい。これがAさんのご希望だった。「つきのいえ」、「はなのいえ」からアンナプルナ山群とマチャプチャレを望むコースなら、弊社のスタッフが大勢いるから大丈夫と判断して引き受けた。いざとなったら、4人いれば車いすを抱えて2時間くらいで歩けるだろう。私は、学生のころ車いすの障害者と私だけで街に出掛けていたから、人さえいればどこでも行けると算段していた。

介助者の方々を説得し日程を延ばし、予定通り旅を敢行。Aさんの粘り勝ちである。私の進言を覆してくれたあの目力に感謝である。天候にも恵まれ思い出に残る素晴らしい旅行だった。ネパールの村であの電動車いすを動かすと子供たちがウワーと寄ってきた。どの子も、まるで未来から来たロボットでも見るかのように目をパチクリさせていた。それを見たときのAさんのあの自慢顔が忘れられない。ご冥福をお祈りいたします。

パラリンピックが始まった。Aさんは、スポーツは全くしないごく普通の方だったように思うが、自分の意志だけは曲げない方だった。周りの親切や同情が、障害者の意思を砕き遠慮を引き出す。多様性という言葉が一般化し、昔とはずいぶん環境が違うようだが、誰もが、生きやすい世の中であってほしいものだ。

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