「太陽の塔」誕生秘話[LHASA・TIBET]

これまた、チベットと日本の不思議な縁の話である。

僕は吹田市民である。
吹田市民の誇りといえば、万博跡地に今でも
突っ立っているあの、巨大建造物「太陽の塔」―。
小さい頃には、この塔は特に何の感慨も感動も与えるものでもなく、
ただただ「当たり前」の存在としてしかなかった。
しかしここ数年、万博跡地にある民族学博物館の図書館に時々行くようになり、
その度に、この巨大な<モノ>を拝するにつけ、何とも名状しがたい
気持ちになってくる自分がいた。

いわゆる「芸術作品」にはとても見えず、さりとて、
とうてい無視などできるシロモノではない。
それほどの存在感があるのである。
なにかしらのざわざわ感を起こさせる磐座(いわくら)のようでもあり、と同時に、
映画『20世紀少年』ではないが、今にも動き出しそうな大怪獣にも見えてくるのである。
(ウソだと思う方がいれば、太陽の塔の周りに広がる小さな森から、
この塔を見るがよい。怪獣さながらである。)

単なるモニュメントであるともいえる。 が、
それだけではない、何かしらの強力なオーラを四方に放射しているのを
感じる人は、少なくないのではないだろうか。

その秘密の一端が、ここにある。

時は1960年代、大阪万博開催の数年前。
岡本太郎が、東京の池袋で、日本滞在中のチベット人の僧と出会った。
そのとき、彼が僧から写真を見せられながら、教示を受けたのが、
チベットの供物であるトルマであった。

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(大麦などと一緒に供えられるトルマ)

トルマとは、ツァンパ(大麦を炒り焦がし、ひいて粉にしたもの)に
水やバターを混ぜて作られた、尖がり状の供物のことで、
チベットではお寺でよく見かけるものである。
高さ10cmぐらいのものから数メートルに及ぶものもあり、
上部などには円盤状のものを練りつけることも多い。
色は麦やバターの色のままであることもあるが、赤く塗り染めることも少なくない。

トルマは、チベットに仏教が入ってくる前にあった人身供養の習慣の名残りだという。
たしかに、その膨らみ具合(上部と下部の二箇所あるものが多い)には、
何かしら女体を彷彿とさせるし、赤色に染めるのは、血の跡、だとも言われている。

我らが岡本太郎は、このトルマの写真を見て驚愕し、
「原初と未来が同時に見られる不思議なもん」(*)と語ったという。
そしてどうやら、この瞬間、太陽の塔のあのモチーフは誕生したようなのである。

彼はフランス留学時代、民族学に親しみ、古今東西の様々な造形芸術に触れていた。
そして帰国後、その芸術家の眼は、縄文土器の美を「発見」することになる。

トルマはいわば、「チベットの縄文時代」の記憶を持つものである。
その赤裸々な原始性に、岡本太郎は驚愕したのだ。
そして彼は、芸術家の感性であろう、未来をもそのモノに見い出す。

こうしてみてみると、
万博の太陽の塔は、日本の近代化・科学の発展への供物であるともいえる。
そしてそれは遠い人類の縄文時代との、無媒介なつながりなしには有り得なかった、
「自然の力」の具現化そのものであったのである。
そして同時に、あの巨大トルマは、
科学や文明でさえも、自然の発現の断片に過ぎない、
ということを我々に語っているのである。
まさに、宇宙的なメッセージではないか。

Daisuke Murakami

筆者注:
(*)部分は、岡本太郎の上のエピソードを筆者に初めてご教示くださった、
友人であるS氏(共同通信社)の配信記事からの孫引きである。
また事実関係も、その記事から参照させて頂いた。
新聞記事だけに限ってしまうには、あまりにももったいない興味深い逸話なので、
筆者の独断の解釈とともに、本ブログに紹介することにした。

11月24日
(ラサの)天気: ほぼ快晴
(ラサの)気温: -1~14度 
(ラサでの)服装: 昼間はフリース、セーターなど。 夜は、厚手のフリース、ダウン、コートなど。晴れの日は日差しがとてもきつくなるので、日焼け対策は必須。空気は非常に乾燥しています。この季節、雨は降ることは少ないですが、雨具は念のため持ってきたほうがいいでしょう。

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