第107回●シャワ ~肉食系男子~

鹿を捌く中村さん

2005年のヒマラヤ薬草実習中、さらに山深いところに生える薬草を採取するために、屈強な男子学生だけを選抜して特別遠征隊が編成された(第27話)。このメンバーに選ばれるためには(倍率2倍)、実習前半、必要以上に張り切って先生方にアピールするという涙ぐましい努力が必要となる。疲労困憊して山から帰ってきても「いや、全然、大丈夫ですよ。なんならもう1回、山に行って薬草を採ってきましょうか」などと軽口を叩いて誤魔化していたものだった。それくらい日本人であるというのは機械や電化部門ではプラスの先入観があるが、体力部門でのイメージはあまりよろしくない。その努力の結果として2年、3年次は選抜されたが、1,4年次は落選したことを正直に告白しておきたい。

tibet_ogawa107_1特別遠征部隊
命綱をつけて崖を降りる

特別遠征隊の任務はとても過酷で、ときに命の危険にもさらされるが、それは、むしろ男のロマンをかきたててくれるので大歓迎だ。しかし、この遠征中にもっとも悩まされたのは他ならぬ食事だった。3食がチベットの伝統的食料であるツァンパ(第57話)なのは、まだ諦めがつく。しかし、3日間の労働を終えた打ち上げとして、羊一頭を丸ごと塩茹でして振る舞われる伝統があるのには参ってしまった。大きな鍋で茹で上がった羊が鉈で豪快に切り分けられていく。チベット人にとっては最高の御馳走だ。しかし、さすがにどんなに無理をしても、こればかりは食べることができなかった。第一に僕は元来、肉があまり好きではないし(第53話)、しかも匂いが強い羊肉である。それに、日本では普段、こうした生々しい光景に触れることがないためにすっかり気おくれしてしまったこともある。

tibet_ogawa107_4特別遠征部隊
急流を薬草を抱えて渡る

一方、さすがは山の民チベット人。羊肉を豪快に食べる姿は惚れ惚れするほど美しい。チベット人は小さな虫にも愛情を注ぎ殺さない一方で、豪快に肉を喰らう。まさに「気は優しくて力持ち」の典型ではないか。うーん、草食系の日本男児よりも女にもてるかもしれないな。ちなみに、このとき、隠し持っていたクッキーで飢えを凌いでいたのだが、このチベット民族らしからぬ行動は、特別遠征隊の選考基準においてマイナスポイントだったのはいうまでもない。だから4年次には落選したのだろう。もし、将来、メンツィカンに入学する日本人が現れたならば、チベット人の先頭にたって鉈を振り下ろし、オガワによって形作られた日本人の草食的イメージを塗り替えていただきたいと願っている。

話は変わり2011年4月、風の旅行社の中村さんが息子を連れて小諸を訪れた。
「小川さん、小諸観光はどこがお勧めですかねえ」
と相談されるも、子供も一緒に遊べそうなところは思い浮かばない。そこで苦しまぎれに
「実は今日、シカ肉の解体作業に誘われていたんですが、中村さんが遊びに来ることを理由に断っていたんですよ。僕はああいうのは好きじゃないんで」
と呟いた瞬間、中村さんが異常なまでに反応した。
「是非、行きましょう。子供にも動物の解体を見せたいと思っていたところなんですよ」

中村さんの勢いに完全に押された僕は、すぐさま出かけることになった。会場は小諸の丘陵地帯にある小諸エコビレッジ。会場に到着すると、すでに可哀そうな鹿(チベット語でシャワ)は横たわっていた。2日前に駆除でハンターに仕留められた子鹿だという。オム・マニ・ペメ・フム(観音様の真言)。
作業をはじめるにあたってマタギ(猟師)のGさんが熱く語ってくれた。なんでも、国内では年間2万頭もの鹿が駆除によって、やむなく殺されるという。しかし、食肉法の関係で肉は流通に回らず、地元の中国人農業研修生が食べるかドッグフードとして加工されるか、さもなければ埋められてしまう。そこで、こうして地元で解体して食べる習慣が根付けば鹿も無駄死にしなくて済むわけだという。これを洒落た言葉で「ジビエ」というらしい。

捌かれる鹿を見守る
中村さんの息子さん(右端)

そして、多くの参加者とともに作業は始まった。みなさん芸術や建築など一芸に秀でた(濃い)人たちばかりである。しかし、そんな人たちに負けず劣らず中村さんが誰よりも1番張り切って捌いているではないか。どうりで、モンゴル出張中に羊の解体を見学したことがあると言う。さすがは風のベテラン社員である。解体が終わると早速、シカ肉料理が振る舞われた。中村・肉食系一家が美味しそうに食べるのを横目に、草食系の僕は一口だけいただいて遠慮しておいた。うーん、中村さんなら、メンツィカン特別遠征部隊の中でヒーローになれるに違いない。とはいえ年齢的に無理があるので、ぜひ、息子さんにメンツィカン入学を勧めてみてはいかがでしょうか。

いずれにしても、山岳民族に由来する野性味、たくましさはチベット医学に欠かせない要素なのである。もし、将来、メンツィカンに合格する日本人が現れたなら、入学前にモンゴルツアーに参加して羊の解体を学ぶことをお勧めします。添乗は中村さん。どうか、教育のほどよろしくお願いします。

注:モンゴルで羊の解体を体験されたい方は風の旅行社にご相談ください。

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