第237回 トラ・マタン ~無駄にしない~

キハダキハダ

 3月下旬、近所のおじさんから「キハダ(第174話)を伐採したけれど、皮を剥ぐか?」と連絡を受けた。家の裏のキハダが大木に育ち、枝が屋根に落ちてくるので伐採したという。現場に行ってみると直系40㎝、40年ものの立派なキハダが倒され、薬として使用する黄色い内皮は5㎜ほども蓄えられていた。7月下旬のキハダならば水分を豊富に含んでいるので容易に採取できる。この時期のキハダは作業が難しいことは想像できたが、肉厚内皮の誘惑には抗えず、せっかくなので手をかけてみることにした。

剥ぎ取ったキハダ内皮剥ぎ取ったキハダ内皮

 


 キハダはコルク質の外皮1㎝と、黄色い薬用部分の内皮5㎜と、中心の木部(もくぶ)の三層構造になっている。一般的に樹木は晩秋から冬にかけて休眠し、春とともに水分を吸い上げ活動をはじめる。3月下旬のこの時期は少し水分を含んでいるので、内皮と木部の分離はかろうじてできたが外皮と内皮はくっついている。そこで手間はかかるが、鍬と手斧でコルク質の外皮を地道に削り落す作業からはじめた。次に樹木の皮むき(大きなピール)で黄色い内皮を剥きだしにしていく。頻繁におじさんが顔を出しては「樹皮は基本的に根元から上に向けて剥ぐんだよ」などと僕を指導しつつ世間話に華を咲かせた。ほぼ三日を費やしたおかげで「3月のキハダ」の皮向きのコツをつかむことができたとともに、おじさんと仲良くなれたのは貴重な副産物であった。採取したキハダは主にワークショップで使用する他、染色家の友人にあげたり、興味があるお客さんにプレゼントしていく予定だ(注)。残った木部はおじさんが薪として使用するのだが、外皮と内皮を剥いだので速く乾燥する。つまり木の皮を剥ぐことはおじさんにとっても大助かりなのだ。削り取ったコルク質の外皮は薬房の遊歩道に撒いた。こうすると防草にもなるしクッションにもなる。こうしてキハダは外皮、内皮、木部すべてを有効活用することができたのである。

キハダ皮の遊歩道キハダ皮の遊歩道

 かつて、具体的には1960年くらいまで、薬がまだ貴重だった時代、キハダを伐採したら内皮を村人たちが分けあい、和紙で作った袋にいれてカビが生えないように保存していた。戦時中には「中国の水に当たったときのために」と、キハダを兵隊さんに持たせたという。独特の肌目を持ち、固い性質の木部は下駄などに利用された。それがいまでは見向きもされず、おそらく毎年多くのキハダが山中で間伐され、ただただ朽ちていっている。僕は「キハダが薬として素晴らしい」「伐採してはいけない」というつもりはない。薬として利用されずに朽ちていくことがあまりにも「もったいない」のである。

 この冬はキハダに限らず伐採のたびに近所から声が掛かった。1月には公民館の桜の木の伐採を手伝った(隣の民家に枝が張り出しているため)。チェンソーで手頃な長さに伐採するとさっそくナメコの菌を打ち付けて森のなかに寝かせた。この秋が楽しみだ。また、別所温泉内の遊歩道の倒木処理を手伝ったところ、倒木のなかにコナラを見つけた。これ幸いにと持ち帰りシイタケの菌を打ち付けた(シイタケが出る原木はコナラ、クヌギなど限られる)。その他、松枯れの松は、枯れているおかげで油分も水分も抜けていて薪としてすぐに活用できる利点がある。しかも軽いので丸太を持ち運びやすい。その他、梨、モミ、栗、桐など先方からすると片づける手間と費用が省略され、僕は薪を獲得できるし樹木の性質を深く学べるし大助かりである。なによりもこうして地域との関わりが生まれるのは嬉しいし、チェンソーを上手に扱うと「薬剤師さんなのに凄いねー」と株が上がる。そして樹木が適度に伐採され(そのまま放置されずに)綺麗に処理をされるのは森にとっても社会にとっても好ましいことである。

そこにあるものを、その特性を活かして、生きるために最大限に活用する。するとすべてが不思議と上手く収まる感じがする。そんな縁起的な営みの一つに「薬・くすり」がある。こうして人と人とのつながり、大自然との連携のなかで「薬・くすり」が副次的に生まれてくるほうが(薬草を畑で栽培したり、問屋から購入するよりも)僕の性にあっている。キハダが伐採されたら連絡が来て、皮を剥ぐことができて、すべてを有効活用できる人材(専門家)が日本各地に増えてほしい。そうすれば資本主義ではなく、「もったいない」という日本特有の美徳のなかで薬文化を再興できるからだ。「もったいない」もしくは「無駄にしない」、これをチベット語では「トラ・マタン」といい、やはり大切なこととされている。


1971年、1976年に制定された法律の規制があるために(第184話)キハダの薬用部分を個人で販売することはできない。森のくすり塾は薬店ではあるが、薬品製造許可がないので採取したキハダを販売できない。ただ、個人レベルで薬として用いたり、教育の題材として用いたり、染色原料として用いることは違法ではない。



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