第226回 ハリエンジュ ~活力を生む木~ 


tibet_ogawa226_4薪木から出た新芽

 ハリエンジュの木々が生い茂る雑木林を駐車場にすべく、チェンソーで立ち向かった。伐って倒して、枝打ちして、丸太を短く伐って、運んでと、振り返ってみれば昨ヶ冬と昨冬のほとんどを費やしてしまったが、「大草原の小さな家(第192話)」のチャールズに憧れる僕にとって開墾はけっこう楽しい作業だった。体一つで森と相対している充実感。荒れた雑木林に人の手が入り、敷地に光が少しずつ差し込んでくる過程は充実感を味わことができる。頑張った甲斐があって明るい駐車場ができあがった。

 と思って油断をしていたら、この夏、地面からあっという間にハリエンジュの幼木が (more…)

第225回 ソムシン ~花粉症の特効薬~


tibet_ogawa225_1店内

杉はとっても柔らかくてとっても刻みやすい。作業中にうっかり金槌を床に落とすと、その形のまま凹んでしまうほどだ。その柔らかさのおかげで子どもが転んだときに頭を打っても安心である。伐りたての杉で建てられた店舗には杉の香りが強く漂っている。小さな子どもたちは気持ちがいいのか杉床の上に自然と寝そべる。無垢の木は呼吸していて温かい。製材にまわせなかった杉は薪として店を暖めてくれる。こうして有効活用すればいいのだが、近年、花粉症を巻き起こすこともあってすっかり厄介者扱いされている。伐り倒した杉にもたっぷりと花粉がついていた。花粉症で悩む妻は「杉と友達になることで花粉症は改善される」とキャプテン翼くんの「ボールは友達」精神で積極的に伐採作業に参加したが、 (more…)

第224回 クリ ~最強の木材~


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 「森のくすり塾」建設予定地に残されていた古い小屋を解体すると、50年以上も前の古い柱がたくさん残された。さっそく短く切って薪にしようとする僕を制するように、大工の新保さんが「クリの柱だけはあとで役に立つから残しておくように」とアドバイスしてくれた。クリは水に強くて腐らず土手の補強や戸外の階段作りには最適で白アリがつかないという。湿気に対して木のなかで最強を誇る。とはいえ、やはり僕にはどの柱も同じ「木」にしか見えないため、一本ずつ新保さんにクリかどうか確かめてもらった。 (more…)

第223回 タルカ ~クルミ~


tibet_ogawa223_3青いクルミ

「森のくすり塾」の店舗の大窓からは女神山、独鈷山を主役に雄大な景色が広がる。その景色の手前、小さな沢の土手にクルミ(胡桃)の大木が藤蔓(ふじづる)に絡まれて苦しそうにしていた。なにしろ約40年近くも手つかずのままだった沢である。そして昨冬、僕は思いきって藤蔓をクルミともども切り倒すことにした。

 とはいえ蔓が絡まった大木の伐採はどこに倒れるかわからず危険極まりない。しかも足場が不安定な土手だ。そこで木こりのMさんに今回もお願いして伐り倒してもらった。超危険な場面が済んだらようやく(お調子ものの)僕の出番である。 (more…)

第222回 ペー ~喩え~


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虎のように勇気をもって

八世紀に編纂された『四部医典』にはユニークな喩え(チベット語でぺー)がたびたび登場し、暗誦に苦しむチベット医学生を楽しませてくれた。今回はそのなかでも心に残った喩えを紹介したい。 (more…)

第221回 ニェンガ ~詩~


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「四元素でつながっている」の絵解き図

 八世紀に編纂されたチベット医学聖典『四部医典』は全般に渡って九音節からなる詩文(チベット語でニェンガ)で記され、それは約二万五千節にものぼる。アムチ(チベットの医師)は詩文をすべて暗誦できなくてはならない。つまりアムチは詩人だともいえる。今回は『四部医典』のなかから印象に強く残った詩文をいくつか紹介したい。 (more…)

第220回 メロン ~鏡と私~


tibet_ogawa220_3薬師如来と鏡

 『VOGUEヴォーグ』から取材依頼がきた。どうやらあの世界的なファッション雑誌のようだが、もちろん読んだこともなければ手に取ったこともない。生まれてこのかたファッションにはまったく興味がなく、結婚当初、私服のあまりの少なさに妻が呆れたほどである。だから取材依頼メールを覗きこんで「はぁーー?」と驚いたのは誰よりも僕よりも妻であった。取材テーマは「チベットの美と健康」だという。そして「企画倒れになるかもしれませんが」という前提のもと、森のくすり塾までお越しいただいた。そのとき僕は「鏡(チベット語でメロン)の有無によって美と健康への意識は変わる」というテーマで語った。 (more…)

第219回 ディクシン ~蠍~


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絵解き図に登場するサソリ

 ツアー参加者にはまず「チベット人の前では蚊一匹でもパチン!と手を叩いて殺してはいけませんよ。無意味に虫を殺さないでください」と注意を促すが、長年の身体性(習慣)は抜けないようで、みなさんついつい手が出てしまう。無理もない。僕だってチベット人と10年も暮らしたことでようやくチベット人的な身体性が身についたのだから。 (more…)

第218回 ドゥル ~蛇~


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絵解き図に登場する蛇

巨大なアオダイショウが実家の廊下を這っていく、その生々しい光景は40年が経過したいまでも脳裏に焼きついている。兄は蛇の尻尾をつかむとグルングルン振り回しながら僕を追いかけ、僕は泣きながら逃げ回った。蛇がトグロを巻いていると、両手の親指を隠して視線を合わせずに通り過ぎなくてはならない掟があった。こうして振り返ってみれば幼少期から蛇に囲まれて育ってきた。だが、いまもむかしも蛇は大の大の苦手である。それでいてマムシにまつわる話を全国各地の古老たちから聞くのが好きなのは、たぶん怖いもの見たさの好奇心ゆえであろう。いつも同じ話になるのはわかっているのだが、そのたびに「えーー、マジですか!」と驚くとともに、その度にやっぱり自分は現代っ子なんだなと、いい意味での自覚が生まれてくる。 (more…)

第217回 ドムティ ~熊胆~


tibet_ogawa217_1熊の胆

 現役の猟師であること、つまりいまも生死をかけた現場にいることがAさんの佇まいから伝わってきた。お歳をうかがうのを忘れてしまったがたぶん75歳くらいではなかろうか。

 信州の山深い里にAさんの御自宅はある。20歳から鉄砲を撃ちはじめ、いままで何頭の熊を仕留めたか数えきれない。熊に襲われ絶体絶命の冒険話はいくつもある。でも左目の上にある大きな傷は熊ではなくカモシカからの反撃を受けたときのものだという。熊を仕留めるとすぐに解体し、まずは貴重な胆嚢を傷つけないように取り出す。胆汁が体内に廻ってしまうと熊肉が苦くなって不味くなるためだ。取り出すとすぐに胆嚢の口を紐で縛り、専用の板で薄くはさんで乾燥に入る。かつては熊胆(ゆうたん)がとれると村中で分け合い貴重な薬として重宝した。もちろん熊胆は外貨を獲得するためにも役だち、かつて1gが3000円で取引された時代もあったという。 (more…)