小川 康のヒマラヤの宝探し

第212回 デ ~米の話~


tibet_ogawa212_2よろける妻

 富山の田園地帯の米農家に生まれ育ったからといって米の味にうるさいかといったら、まったく逆である。なにしろ家の納屋には古米(昨年の米)ならまだしも古古米(一昨年の米)が常に備蓄してあって、当然、古い米から順に食べていくことになる。したがって小学校6年まで、正確には祖父が亡くなるまで、炊きたてでも黄色みがかった古古米を毎日食べていた。しかも、小石がたくさん混じっていて歯が欠けそうになった。たぶん、戦前戦後の食糧難の時代を生き抜いてきた祖父の世代の知恵なのだろう。年に一度、10月の秋祭りの日だけは真っ白な新米を食べられるのだが、あの日の米の美味しさと白さを感動とともに覚えている。何杯も何杯もおかわりしたものだった。たまに外食した時のご飯がとっても美味しく感じられた。昭和50年代になっても小川家だけはまだ戦後を生きていたのだ。 (more…)

第211回 ツァ ~塩の話~


tibet_ogawa211_2岩塩

そういえば小さい頃、塩といえば無粋な油紙袋に入った真っ白な食塩しかなかった。いつのころからか、赤みがかった自然塩が流通しだしたような気がしているが明確な転換点を僕は覚えていない。たぶん僕が田舎暮らしに興味を持ち始めた26歳のころだと思う。進学校で学び、国立大学を卒業し一般教養を深く学んだはずだったのに、塩に関わる重大な問題を学ぶ機会はなかったようだ。社会の大きな問題は意外と「そういえば」という無自覚と自覚の境界線に潜んでいるのかもしれない。 (more…)

第210回 ニオン ~日本人の起源~


tibet_ogawa210_1マニ車の列

むかし、むかし、チベット王のお母様が重い病気にかかってしまいました。ヒマラヤの薬草を用いても一向によくなりません。ある日、王様は夢を見ました。
「遠く東の国、太陽(チベット語でニ)のやってくる(オン)国、ニオン国はたいそう緑が豊かな国じゃ。そこにお前の母の病を治す薬草がある。今、その国にはまだ誰も住んでおらぬ。行くがよい」
王様はチベット族の中で一番優秀な医者に若い従者たちをつけてこの東の国へと遣わしました。一行はひたすら太陽の登る方向に向かって歩き続けました。初めて出会う海の大きさに感動し、その海を船で渡り、 (more…)

第209回 リモ ~いつか、別所温泉で~


tibet_ogawa209_1別所温泉駅

 別所温泉(以下、別所)に引っ越してきたときインドのダラムサラと雰囲気が似ているなあと感じた。妻も同じ印象を抱いたようだ。どちらもいろんな人々が訪れる観光地である点だけでなく、街の規模や人口、道の幅、坂道の傾斜、風景などひとつひとつがそっくりだ。また観光地であるおかげで旅人や移住者に対して寛容な点も素敵な共通項だ。だからダラムサラに初めて着いたときと同じようにこの街が直感的に好きになった。住処は大自然に囲まれていて、それでいて賑やかで、人と人の距離が近い街がいい。 (more…)

第208回 チェカ ~半薬半X~


tibet_ogawa208_1くすり塾

●半薬半哲
 もう3年も前になるが都内で「薬草哲学カフェ」を開催した。しかも本物の哲学者とのガチンコ対談である。先生のテーマはデカルト。僕のテーマは「薬のごちそうさま」。デカルトと薬草。うーん、話が噛み合う保証はないが、まあ、やってみようとふたを開けたら、なんと会場の喫茶店には23名もの参加者が詰めかけて満席になった。話はデカルトの「我思うゆえにわれあり」の我の思想と、五元素を基本とした関係性に重きを置くチベット的な思想との違いはともかく、そもそも、きちんとレジュメを基本に話を進める哲学の先生と、思いつくままに、参加者の反応をみながら進めようとする僕の姿勢の違いがいちばん際立っていたようだ。 (more…)

第207回 シャモ ~キノコの話~


tibet_ogawa207_3

昨年(2015年)の秋、15年ぶりにキノコ狩りに出かけた。秋の長雨のおかげでコムソウが大豊作。ところが久しぶりで目が慣れないせいか最初はなかなか見つけられない。落ち着け……、ヒマラヤでの薬草採取を思い出すんだ、と自分に言い聞かせる。五感を研ぎ澄ましコムソウの姿を脳裏に強くイメージする。すると20代のころの記憶が呼び覚まされてきた。 (more…)

第206回 チャン ~酒の話~


tibet_ogawa206_02ラダックの農村

25歳のとき(1995年)長野県の黒姫山に山ブドウがたくさん実った。僕は仕事の合間にそれこそ山のように採取するとワインを作ってみようと思い立った。まず広口の瓶を買い、素手の拳で山ブドウをつぶしてから瓶を紙でふたをした。冷暗所に保存すると数日後、ブクブクと発酵がはじまり、飲んで飲めないことはない赤ワインが完成した。ところがである。その経過を誇らしげに、かつ無邪気に知人に話すと「小川君、それ違法行為で捕まるよ」と指摘を受けて愕然としてしまった。 (more…)

第205回 ギュンテン ~平々凡々と~


tibet_ogawa205_1脈診を行う筆者 2008年

2008年、メンツィカンで研修医として働いていたとき、顔中が黒い斑点で覆われた尼僧が病院に訪れた。
「ちょっとあんた、何よこれ、どうしたの?」。僕の指導医は医師の立場であることを忘れたかのように驚いた声をあげた。日本なら不適切な対応として訴えられかねない対応に僕の顔面は凍りついたが、意外と尼僧は嬉しそうにニコニコ笑っている。 (more…)

第204回 リンカ ~茶飲み話~


tibet_ogawa204_1「木陰でのんびりしなさい」の絵解き図

26、27歳、信州の農場で働いていたとき、午前10時、午後3時に一回ずつある30分の休憩時間がなによりの楽しみだった。「お茶ー!」と親方から声がかかるとみんな仕事の手を休めて集まってくる。畑の脇に座りお茶を飲み、お菓子を食べ、ときにはパンを食べて栄養補給をする。なにしろ高原野菜の出荷作業は体力を消耗する。だからこそ余計に休憩時間がオアシスのように感じられたものだった。そして、雄大な浅間山を眺めながらのおしゃべりは (more…)

第203回 ロクラム ~ゆい~


tibet_ogawa203_3漆喰を塗る僕たち夫婦

 秋の長雨が終わった9月25日。古い小屋を解体し整地作業をはじめた。これから店舗建設がはじまる。整地は土地が乾く10月が適している。おかげで1カ月で終えることができた。11月3日には敷地内の木を伐採した。伐採は樹木が水分を吸い上げなくなる晩秋が適している。水分含有量が低いから木材の乾燥が早く進む。伐採した木の枝を燃やすのは冬が適している。山の木々の葉が落ちてしまうので山火事になる心配が少ない。なによりも燃える火は寒い冬に似合っている。身体を休めるのは1、2月がいい。土地が凍み雪が降ってなにもできないので諦めがつく。木材の刻みは3月がいい。ちょっと暖かくなってきて作業をしやすくなる。石で家の基礎を作るのは初春がいい。土地が緩んで穴を掘ることができる。建て方をするのは (more…)