小川 康のヒマラヤの宝探し

第223回 タルカ ~クルミ~


tibet_ogawa223_3青いクルミ

「森のくすり塾」の店舗の大窓からは女神山、独鈷山を主役に雄大な景色が広がる。その景色の手前、小さな沢の土手にクルミ(胡桃)の大木が藤蔓(ふじづる)に絡まれて苦しそうにしていた。なにしろ約40年近くも手つかずのままだった沢である。そして昨冬、僕は思いきって藤蔓をクルミともども切り倒すことにした。

 とはいえ蔓が絡まった大木の伐採はどこに倒れるかわからず危険極まりない。しかも足場が不安定な土手だ。そこで木こりのMさんに今回もお願いして伐り倒してもらった。超危険な場面が済んだらようやく(お調子ものの)僕の出番である。 (more…)

第222回 ペー ~喩え~


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虎のように勇気をもって

八世紀に編纂された『四部医典』にはユニークな喩え(チベット語でぺー)がたびたび登場し、暗誦に苦しむチベット医学生を楽しませてくれた。今回はそのなかでも心に残った喩えを紹介したい。 (more…)

第221回 ニェンガ ~詩~


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「四元素でつながっている」の絵解き図

 八世紀に編纂されたチベット医学聖典『四部医典』は全般に渡って九音節からなる詩文(チベット語でニェンガ)で記され、それは約二万五千節にものぼる。アムチ(チベットの医師)は詩文をすべて暗誦できなくてはならない。つまりアムチは詩人だともいえる。今回は『四部医典』のなかから印象に強く残った詩文をいくつか紹介したい。 (more…)

第220回 メロン ~鏡と私~


tibet_ogawa220_3薬師如来と鏡

 『VOGUEヴォーグ』から取材依頼がきた。どうやらあの世界的なファッション雑誌のようだが、もちろん読んだこともなければ手に取ったこともない。生まれてこのかたファッションにはまったく興味がなく、結婚当初、私服のあまりの少なさに妻が呆れたほどである。だから取材依頼メールを覗きこんで「はぁーー?」と驚いたのは誰よりも僕よりも妻であった。取材テーマは「チベットの美と健康」だという。そして「企画倒れになるかもしれませんが」という前提のもと、森のくすり塾までお越しいただいた。そのとき僕は「鏡(チベット語でメロン)の有無によって美と健康への意識は変わる」というテーマで語った。 (more…)

第219回 ディクシン ~蠍~


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絵解き図に登場するサソリ

 ツアー参加者にはまず「チベット人の前では蚊一匹でもパチン!と手を叩いて殺してはいけませんよ。無意味に虫を殺さないでください」と注意を促すが、長年の身体性(習慣)は抜けないようで、みなさんついつい手が出てしまう。無理もない。僕だってチベット人と10年も暮らしたことでようやくチベット人的な身体性が身についたのだから。 (more…)

第218回 ドゥル ~蛇~


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絵解き図に登場する蛇

巨大なアオダイショウが実家の廊下を這っていく、その生々しい光景は40年が経過したいまでも脳裏に焼きついている。兄は蛇の尻尾をつかむとグルングルン振り回しながら僕を追いかけ、僕は泣きながら逃げ回った。蛇がトグロを巻いていると、両手の親指を隠して視線を合わせずに通り過ぎなくてはならない掟があった。こうして振り返ってみれば幼少期から蛇に囲まれて育ってきた。だが、いまもむかしも蛇は大の大の苦手である。それでいてマムシにまつわる話を全国各地の古老たちから聞くのが好きなのは、たぶん怖いもの見たさの好奇心ゆえであろう。いつも同じ話になるのはわかっているのだが、そのたびに「えーー、マジですか!」と驚くとともに、その度にやっぱり自分は現代っ子なんだなと、いい意味での自覚が生まれてくる。 (more…)

第217回 ドムティ ~熊胆~


tibet_ogawa217_1熊の胆

 現役の猟師であること、つまりいまも生死をかけた現場にいることがAさんの佇まいから伝わってきた。お歳をうかがうのを忘れてしまったがたぶん75歳くらいではなかろうか。

 信州の山深い里にAさんの御自宅はある。20歳から鉄砲を撃ちはじめ、いままで何頭の熊を仕留めたか数えきれない。熊に襲われ絶体絶命の冒険話はいくつもある。でも左目の上にある大きな傷は熊ではなくカモシカからの反撃を受けたときのものだという。熊を仕留めるとすぐに解体し、まずは貴重な胆嚢を傷つけないように取り出す。胆汁が体内に廻ってしまうと熊肉が苦くなって不味くなるためだ。取り出すとすぐに胆嚢の口を紐で縛り、専用の板で薄くはさんで乾燥に入る。かつては熊胆(ゆうたん)がとれると村中で分け合い貴重な薬として重宝した。もちろん熊胆は外貨を獲得するためにも役だち、かつて1gが3000円で取引された時代もあったという。 (more…)

第216回 シンメン ~農薬のはなし~


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「死ぬかと思った」。
あれは1994年、信州・野辺山の高原野菜農場でアルバイトをしていたときのことだった。「小川君、マルチの端っこを持ってて」と親方の命じられるままにマルチ(畑を覆う黒いビニール)をつかみ、地面に当ててじっとしていた。親方が運転するトラクターが作動し、マルチを引っ張りはじめた。トラクターの後ろからは何やら液体が噴出されている。そのとき、なにかがおかしいと思ったが、バカ正直な僕はその姿勢のままマルチを押さえ続けていた。すると、く、苦しい……。息ができな…く…なって…。死ぬ……。
「ごめん、ごめん。言ってなかったっけ。クロピクを使うときは息を止めて、顔を上げていないと死んじゃうよ」。慌ててトラクターを降りて、そう語った親方の爽やかな笑顔をいまでも忘れることはできない。 (more…)

第215回 ジュンクン ~薬の源泉~


tibet_ogawa215_1コウジバナ

 葉っぱの上に咲く小さな花を見つけた。「それはね、ここではママコグサって呼んでいるの。むかしは継子が憎くて、手の上にお灸をすえたからよ」と古老が教えてくれた。継子、つまり血のつながっていない子どものことである。そんな生々しい名前は、なぜだろう、正式な植物名ハナイカダよりも心に響いてしまう。次に黄色い小さい花をつけた木を見つけた。「あれはね、コウジバナって私たちは呼んでいたわ。ほら、花が麹に似ているでしょう」。丁寧に教えられても残念ながら麹を身近に感じない僕らの世代にはピンとこない。こちらはダンコウバイ(壇香梅)という学名のほうがしっくりきてしまう。そして僕が足元に咲く黄色い花を手にしたとき、 (more…)

第214回 チュ・ツァボ ~白湯の薬~ 


tibet_ogawa214_1学生を指導するダワ博士

 当初、チベット人のお宅で、いつも白湯(チベット語でチュ・ツァボ)がでてくることに戸惑った。日本人にとって白湯は薬を飲むとき以外、客人に出すのはあり得ない。水を出すとすれば氷水だからだ。そしてメンツィカンに入学後、「白湯は薬である」という意識がチベット社会に根付いていることを知ることになる。チベット医学では白湯を飲んで胃の消化力を上げることを重要視し、消化不良こそが万病の原因とされているのである(注)。八世紀に編纂された『四部医典』には次のように記されている。 (more…)