小川 康のヒマラヤの宝探し

第216回 シンメン ~農薬のはなし~


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「死ぬかと思った」。
あれは1994年、信州・野辺山の高原野菜農場でアルバイトをしていたときのことだった。「小川君、マルチの端っこを持ってて」と親方の命じられるままにマルチ(畑を覆う黒いビニール)をつかみ、地面に当ててじっとしていた。親方が運転するトラクターが作動し、マルチを引っ張りはじめた。トラクターの後ろからは何やら液体が噴出されている。そのとき、なにかがおかしいと思ったが、バカ正直な僕はその姿勢のままマルチを押さえ続けていた。すると、く、苦しい……。息ができな…く…なって…。死ぬ……。
「ごめん、ごめん。言ってなかったっけ。クロピクを使うときは息を止めて、顔を上げていないと死んじゃうよ」。慌ててトラクターを降りて、そう語った親方の爽やかな笑顔をいまでも忘れることはできない。 (more…)

第215回 ジュンクン ~薬の源泉~


tibet_ogawa215_1コウジバナ

 葉っぱの上に咲く小さな花を見つけた。「それはね、ここではママコグサって呼んでいるの。むかしは継子が憎くて、手の上にお灸をすえたからよ」と古老が教えてくれた。継子、つまり血のつながっていない子どものことである。そんな生々しい名前は、なぜだろう、正式な植物名ハナイカダよりも心に響いてしまう。次に黄色い小さい花をつけた木を見つけた。「あれはね、コウジバナって私たちは呼んでいたわ。ほら、花が麹に似ているでしょう」。丁寧に教えられても残念ながら麹を身近に感じない僕らの世代にはピンとこない。こちらはダンコウバイ(壇香梅)という学名のほうがしっくりきてしまう。そして僕が足元に咲く黄色い花を手にしたとき、 (more…)

第214回 チュ・ツァボ ~白湯の薬~ 


tibet_ogawa214_1学生を指導するダワ博士

 当初、チベット人のお宅で、いつも白湯(チベット語でチュ・ツァボ)がでてくることに戸惑った。日本人にとって白湯は薬を飲むとき以外、客人に出すのはあり得ない。水を出すとすれば氷水だからだ。そしてメンツィカンに入学後、「白湯は薬である」という意識がチベット社会に根付いていることを知ることになる。チベット医学では白湯を飲んで胃の消化力を上げることを重要視し、消化不良こそが万病の原因とされているのである(注)。八世紀に編纂された『四部医典』には次のように記されている。 (more…)

第213回 チャンキー ~狼の話~


tibet_ogawa213_1ラダック・ティンモスカン

「狼が人間を襲って食べたという確かな記録はない」という記述を見つけてページをめくる手が止まった(注1)。すぐさま15年前の記憶が甦る。
 2001年8月、メンツィカン入学前の僕はインド北部の秘境ラダックを訪れ。先輩のタシと一緒に大冒険に出かけた(第137話)。その途中、犬のような遠吠えが聞こえた。遥か遠く、500mくらいだろうか、犬のような動物の影が二匹見え隠れしている。「あれはなに?」と無邪気に尋ねる僕に「ああ、狼(チベット語でチャンキー)さ」と素っ気なく答えるタシ。 (more…)

第212回 デ ~米の話~


tibet_ogawa212_2よろける妻

 富山の田園地帯の米農家に生まれ育ったからといって米の味にうるさいかといったら、まったく逆である。なにしろ家の納屋には古米(昨年の米)ならまだしも古古米(一昨年の米)が常に備蓄してあって、当然、古い米から順に食べていくことになる。したがって小学校6年まで、正確には祖父が亡くなるまで、炊きたてでも黄色みがかった古古米を毎日食べていた。しかも、小石がたくさん混じっていて歯が欠けそうになった。たぶん、戦前戦後の食糧難の時代を生き抜いてきた祖父の世代の知恵なのだろう。年に一度、10月の秋祭りの日だけは真っ白な新米を食べられるのだが、あの日の米の美味しさと白さを感動とともに覚えている。何杯も何杯もおかわりしたものだった。たまに外食した時のご飯がとっても美味しく感じられた。昭和50年代になっても小川家だけはまだ戦後を生きていたのだ。 (more…)

第211回 ツァ ~塩の話~


tibet_ogawa211_2岩塩

そういえば小さい頃、塩といえば無粋な油紙袋に入った真っ白な食塩しかなかった。いつのころからか、赤みがかった自然塩が流通しだしたような気がしているが明確な転換点を僕は覚えていない。たぶん僕が田舎暮らしに興味を持ち始めた26歳のころだと思う。進学校で学び、国立大学を卒業し一般教養を深く学んだはずだったのに、塩に関わる重大な問題を学ぶ機会はなかったようだ。社会の大きな問題は意外と「そういえば」という無自覚と自覚の境界線に潜んでいるのかもしれない。 (more…)

第210回 ニオン ~日本人の起源~


tibet_ogawa210_1マニ車の列

むかし、むかし、チベット王のお母様が重い病気にかかってしまいました。ヒマラヤの薬草を用いても一向によくなりません。ある日、王様は夢を見ました。
「遠く東の国、太陽(チベット語でニ)のやってくる(オン)国、ニオン国はたいそう緑が豊かな国じゃ。そこにお前の母の病を治す薬草がある。今、その国にはまだ誰も住んでおらぬ。行くがよい」
王様はチベット族の中で一番優秀な医者に若い従者たちをつけてこの東の国へと遣わしました。一行はひたすら太陽の登る方向に向かって歩き続けました。初めて出会う海の大きさに感動し、その海を船で渡り、 (more…)

第209回 リモ ~いつか、別所温泉で~


tibet_ogawa209_1別所温泉駅

 別所温泉(以下、別所)に引っ越してきたときインドのダラムサラと雰囲気が似ているなあと感じた。妻も同じ印象を抱いたようだ。どちらもいろんな人々が訪れる観光地である点だけでなく、街の規模や人口、道の幅、坂道の傾斜、風景などひとつひとつがそっくりだ。また観光地であるおかげで旅人や移住者に対して寛容な点も素敵な共通項だ。だからダラムサラに初めて着いたときと同じようにこの街が直感的に好きになった。住処は大自然に囲まれていて、それでいて賑やかで、人と人の距離が近い街がいい。 (more…)

第208回 チェカ ~半薬半X~


tibet_ogawa208_1くすり塾

●半薬半哲
 もう3年も前になるが都内で「薬草哲学カフェ」を開催した。しかも本物の哲学者とのガチンコ対談である。先生のテーマはデカルト。僕のテーマは「薬のごちそうさま」。デカルトと薬草。うーん、話が噛み合う保証はないが、まあ、やってみようとふたを開けたら、なんと会場の喫茶店には23名もの参加者が詰めかけて満席になった。話はデカルトの「我思うゆえにわれあり」の我の思想と、五元素を基本とした関係性に重きを置くチベット的な思想との違いはともかく、そもそも、きちんとレジュメを基本に話を進める哲学の先生と、思いつくままに、参加者の反応をみながら進めようとする僕の姿勢の違いがいちばん際立っていたようだ。 (more…)

第207回 シャモ ~キノコの話~


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昨年(2015年)の秋、15年ぶりにキノコ狩りに出かけた。秋の長雨のおかげでコムソウが大豊作。ところが久しぶりで目が慣れないせいか最初はなかなか見つけられない。落ち着け……、ヒマラヤでの薬草採取を思い出すんだ、と自分に言い聞かせる。五感を研ぎ澄ましコムソウの姿を脳裏に強くイメージする。すると20代のころの記憶が呼び覚まされてきた。 (more…)