小川 康のヒマラヤの宝探し

第244回 ハンブ ~抗生物質~


ペニシリンの化学構造ペニシリンの化学構造

 

原因はラッシー(ヨーグルトジュース)に間違いない。あれはメンツィカン入学前の2000年冬のこと。ヴェナレス(バラナシ)に到着後、ガンジス川のほとりのお店で大好物のラッシー2杯(15ルピー×2)を一気飲みしてしまった。すると3時間後、激しい悪寒と下痢に襲われ、翌日インドの病院に入院するはめになったのである。ガンジス川の水でラッシーを薄めたのではないかと思い当たっても後の祭り。僕は小中高校の12年間、一度も学校を休んだことがないほどに抗生物質はもちろん薬とはほとんど縁がなかった。しかし、30歳にしていよいよ抗生物質のお世話になるときがやってきたのである。それまで育んできた身体内の微生物環境がまっさらにリセットされる寂しさを感じたが悠長なことはいってられない。結果、抗生物質はインド人医者が驚くほどの劇的な効果を現し3日後には退院できた。2004年に肺炎に罹りかけたときも、ここぞとばかりに抗生物質を服用すると、やはり医者が「過去に例がない」と驚くほどの治癒力を見せた。それまで抗生物質に身体が慣れていなかったおかげである。こんな経験があるので、基本的に僕は抗生物質に感謝の念を強く抱いている。 (more…)

第243回 アイラグ ~馬乳酒~


馬乳しぼり片膝をたててバケツを置く独特の馬乳しぼりスタイル

 
 いよいよモンゴルへの旅が近づいてきた。そこで今回は木村肥佐生氏(以下、敬称略で木村)の『チベット潜行十年』を題材として戦前のモンゴル医療事情を考察してみたい。木村は1922年(大正11年)に長崎県佐世保に生まれた(1989年逝去)。昭和14年にモンゴルに渡りモンゴル語を修得する。昭和18年から日本軍の命を受けチベット地域の調査のためにモンゴル人巡礼者ダワ・サンポの偽名を用いて潜行。日本の敗戦をチベットのラサで知ることになる。本書は昭和25年に日本に帰国するまでの12年間にわたるモンゴルとチベットに関わる詳細な記録であるが、次の記述に注目していただきたい。 (more…)

第242回 バリアチ ~モンゴル伝統医学~


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  チベット医学文化圏(注1)の一つ、それがこの夏に初めて訪れるモンゴルである。モンゴルとチベットの歴史は古く13世紀まで遡る。元の皇帝クビライ・カンがチベット仏教に帰依し、チベットと「施主と帰依拠」の関係になったことからモンゴルでチベット仏教が広まった。それに付随してチベット医学も伝わった。十七世紀には清朝がチベット仏教を優遇したおかげもあり『四部医典』のモンゴル語訳が完成。これが外国語訳の第一号である(注2)。そして1961年、四部医典がモンゴル語から日本語に重訳されてはじめて日本に伝わっている(注3)。その内容を読むと、日本語訳とチベット語原文が見事に一致していることから、その間を取り持ったモンゴル語訳が正確であることがわかる。しかもチベット語原文と同じく詩文形式で訳されていることは驚きに値する(第221話)。 (more…)

第241回 シンカ ~医学と農業~


薬房の前の畑薬房の前の畑

 

 もともと自分の薬店を持ちたいという夢はなかったし、そもそも僕はいまも昔も自分で商売を営む才覚はない。メンツィカン卒業後、日本へ帰国してからの仕事の第一希望は大学講師か、いずれにしても医学教育関係の仕事に就きたかった。しかし、世の中そんなに甘くはない。どこからも声が掛かりそうにないというあきらめとともに「お店を建てようか」とはっきりと自覚したのは2015年春のラダック旅行が切っ掛けだった。そのときの強い思いは帰国後の5月12日『ヒマラヤの宝探し』第178話のなかで読者のみなさんに向かって宣言している。 (more…)

第240回 ニャンツィテ ~黄蓮~ 


オウレンオウレン

 黄色い蓮(はす)とかいて黄蓮(オウレン)という。高さは20㎝ほどで、キハダ(第174話)と同じく黄色いベルベリン(注1)を細い根に含有し、その苦味はキハダをも凌ぐ。歴史は古く奈良時代より貴重な薬草として大切にされ延喜式(972年)にも記載されている。特に加賀(石川県)オウレンは良質として有名だった。適度な日蔭と湿地を好むことから栽培は難しい。森の手入れがされないため下草が育ちにくくなり(第225話)、自生のオウレンは激減した。 (more…)

第239回 カフェイン ~コーヒーは薬草?~


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「いちばん好きな薬草茶はなんですか?」と問われれば「コーヒーです」と即答している。アロマセラピーの方から「いちばん好きな香りはなんですか」と問われれば、やはり「コーヒーが焙煎された香りです」と答えている。すると「え、コーヒーって薬草ですか?」と返ってくることが多い。それには「アカネ科に分類され、中南米、アフリカ、インドなど熱帯性の気候地帯、最近では石垣島でも栽培されている植物です。しかも、茶葉と並んでもっとも世界で愛飲され、少なくとも千年以上の歴史をもっている薬草茶ですよ」と理屈っぽく返すことは実際にはないが、その思いをぐっと堪えて「そうですよね。なぜか日本ではコーヒーって薬草ハーブ、アロマ業界から仲間はずれにされているんですよね」と笑いながら答えるようにしている。 (more…)

第238回 ゴム ~瞑想と禅~


IMG_3120早朝の座禅

昨秋、生まれてはじめて禅を体験した。場所は富山県上市町の立山寺(りゅうせんじ)。早朝、風のツアー参加者といっしょにお堂の片隅に半跏趺坐、半眼の姿勢で座した。ほどよい涼しさが心地よい。街の喧騒から遠く離れているおかげで、鳥のさえずりのみが聴こえてくる。しばらくすると肩にそっと警策(きょうさく)の棒が触れた。テレビで見慣れたあのシーンである。厳かな気持ちというよりは、少しミーハーな気持ちとともに緊張しながら合掌し前傾姿勢をとった。「パシン!」と肩に柔らかな衝撃が走る。気持ちを引き締めるとともに「修行に励みなさい」という激励の意味でもあると御住職は語る。 (more…)

第237回 トラ・マタン ~無駄にしない~


キハダキハダ

 3月下旬、近所のおじさんから「キハダ(第174話)を伐採したけれど、皮を剥ぐか?」と連絡を受けた。家の裏のキハダが大木に育ち、枝が屋根に落ちてくるので伐採したという。現場に行ってみると直系40㎝、40年ものの立派なキハダが倒され、薬として使用する黄色い内皮は5㎜ほども蓄えられていた。7月下旬のキハダならば水分を豊富に含んでいるので容易に採取できる。この時期のキハダは作業が難しいことは想像できたが、肉厚内皮の誘惑には抗えず、せっかくなので手をかけてみることにした。 (more…)

第236回 シントウ ~神道~


塩田水上神社塩田水上神社

チベット人から「オガワは仏教徒か?」と尋ねられると、当初はなんとなく「無宗教」と答えていたものだった。しかし「無宗教」は海外では誤解を招くとともに、その誤解を解消するためには多大な解説を必要とする。そこであるときから「シントウ(神道)」と答えることが多くなった。シントウは(僕にとっては意外だったのだが)日本独自の宗教として海外にその名が知られている。 (more…)

第235回 ドクダミ ~薬草ブーム~


ドクダミドクダミ

薬草茶といえばドクダミ茶を連想する人が多いかもしれない。しかし、戦前までドクダミは主に湿布薬として利用されてはいたが、お茶としてはそれほどポピュラーだったわけではないというと意外に思われるだろうか。今回はドクダミを題材として戦後の薬草ブームの歴史を振り返ってみたい。 (more…)