小川 康のヒマラヤの宝探し

第257回 メツァ ~お灸~


お灸のツボお灸のツボ

チベットでお灸(メツァ)は盛んである。それはチベット高原においてお灸の原料ウスユキソウ(第18話)が身近で手に入りやすいという理由とともに、チベット医が自ら採取し調整できるからだろう。消化不良には鳩尾(みぞおち)から二寸下方にある胃のツボに、気が落ち着かないときは首の後ろの背骨の一番や、乳頭の中間にある壇中に処方する。また特殊な例として金鍼療法がある。ルン(気)が乱れている患者の頭頂に金鍼を指し、その上に丸めたモグサに火をつけるのだが熟練の技を必要とする。お灸を終えた後には患者に七歩、歩いてもらうのはお灸で緩んだ身体を引き締めるためである。 (more…)

第256回 シェラブ・ニンポ ~般若心経~


シェーラブ・ニンポシェーラブ・ニンポ

デリーから南インドの終着駅バンガロールまでの44時間、二等寝台の粗末な座席で胡坐を組み、水以外は口にせず、ひたすらチベット語の般若心経を手にブツブツつぶやいている日本人の僕を、同じコンパートメントの西洋人たちは「これが日本の禅僧か」と感心とともに誤解していたようだ。あれはチベット語を学びはじめてちょうど1年が経過した2000年1月のこと。2週間のインド旅行中にチベット語の般若心経を完全に暗誦するという目標を立て、それ以外の書籍を携帯しないほどまでに自分を追い込んだ。チベット語で般若心経はシェラブ(智慧)ニンポ(心髄)という。 (more…)

第255回 ドジェ・プンドク ~同級生~ 


タラ 2018年12月タラ 2018年12月

昨年末、アイキャンプ(第25話)の一員として南インドにあるチベット人居住区を訪れた。するとさっそく「オガワー、オガワー!」と遠くから手を振っている男性に出会った。よく見るとメンツィカン同級生のタラではないか。8年ぶりの再会になる。小さな子どもを二人連れて幸せそうだ。「いいか、この人はなあ、チベット語を喋っているけど日本人のアムチなんだぞ」と笑いながら子どもに説明しているその明るい雰囲気は学生時代からまったく変わっていない。彼とは学生時代から仲が良く、たまに食事にも出かけていた間柄だ。 (more…)

第254回 シンガル ~甘草~


甘草甘草

ゴボウのように真っ直ぐに伸びた根は驚くほど甘く、ゆえに古代中国において甘草(カンゾウ)と命名された(注1)。マメ科で地上部は70㎝ほど。夏に淡い紫の花をつける。この甘草が日本人にとって如何に大切な薬草であるか、以下に理由を述べたい。 (more…)

第253回 ギャッツォ ~学びの海~


ヒマラヤ薬草採取ヒマラヤ薬草採取

毎年3月になると早稲田大学の大学院生たち(教育学)がゼミ合宿として別所温泉を訪れる。ここ3回は地元の高校生たちもゼミに参加するようになり、昨年は「貧困」をテーマに問題点について討論した。 8月の夏休みには東京大学や外語大学の講師の方々と各地の医学部生たちが合宿に訪れ、医療人類学をテーマに熱く、ときに怒鳴りあうほどに盛り上がる。京都のお寺の住職さんたちが車で乗り合わせて来訪し仏教をテーマに語り合ったこともあった。会場はいつものゲストハウス(注1)だ。 (more…)

第252回 テンマ ~莢と豆~


収穫した大豆収穫した大豆

 昨年11月、森の奥から不思議な鳴き声が響いてきた。「ギュイーン」「グォーン」でもなく擬音語として表記しづらい声だ。「なんの鳥だろう?」と妻と話しているところへ、ちょうど薪割り青年がやってきた。彼は一年以上に渡って森のくすり塾の薪を割ってくれているとともに、地元の猟師さんに弟子入りして熊、鹿、猪と対峙している。「あれは、雄鹿の鳴き声っすよ。秋になると発情して気持ち悪い声で鳴くんですって」と教えてくれた。その瞬間、僕はメンツィカン医学生に戻った。脈診の章「冬の三ヶ月、土と水が凍り、黒い鹿が泣き声を発するとき。七十二日間は水の元素が優勢で腎臓脈が打つ。(結尾タントラ第1章)」の記述が脳裏をよぎり、雄鹿のおかげで10年越しにようやく四部医典の教えが腑に落ちたのである。そのほか春はヒバリが鳴くとき、夏はカッコウが鳴くとき、秋はイナゴの羽音が響くときとあるがイナゴの羽音はまだ体感していない。 (more…)

第251回 クニェ ~マッサージ~


クニェクニェ

風のツアーでアムド地方(チベット東北部)の遊牧民の家にお邪魔させていただいたとき「クニェ」の話題で盛り上がった。チベット語でクは身体、ニェは柔軟。つまりマッサージである。ツアー参加者はそもそも伝統医学の名のもとに集まっているだけに、みんなの目が一斉に「キラリ」と輝いた。ときは2015年の夏のこと。 (more…)

第250回 ドンシン ~松の木~


伐採した松を検分する棟梁伐採した松を検分する棟梁

森のくすり塾から東に500m離れた森(飛び地)には大きな赤松が数本生えている。そこで3年前、店の建設にあたって真ん中を支える梁に用いるべく赤松を3本伐採して製材した。しかし、いざ目のあたりにすると太くて独特の曲線美をもつ赤松梁は、素朴な店の雰囲気にそぐわない。結局は棟梁の新保さんに買い取ってもらい別の建築に使用してもらうことになった。 (more…)

第249回 チュッポ ~森の豊かさ~


ナメコナメコ

10月上旬、原木栽培(第223話)のナメコが一斉に大発生した。最初は「わ―、可愛いー」とはしゃいでいた妻も、大量ナメコ鍋を食べた翌日からは一気にテンションが下がってしまった。キノコ大好きの僕もさすがに食べ切れない。そこで近所の知人に配ったり、森のくすり塾にタイミング良く来店されたお客さんにプレゼントすることで、無駄なくナメコシーズンを終えることができた。やれやれ。しかし、考えてみればなんとも贅沢な悩みではないか。 (more…)

第248回 シントク・アマ ~柿の話~


色づく前の青い柿たち

 
父の後を追うように(第162話)、2015年、実家の柿の木が突然、枯れはじめた。おおよそ100年前から小川家で大切にされてきた樹木である。インターネットで調べたところウドンコ病ではないかと推察できたが、同時に、もしかして自分の愛情不足にも一因があるのではと考え込んでしまった。なにしろ柿の実と自作の柿の葉寿司が大好きだった父と比べると柿の木への想いはかなり薄い。僕は小さい頃から柿は嫌いではないが、好んで食べることはなく、先端がYの字の長い枝を操って柿を採る作業だけは大好きだった。インド・ダラムサラでは秋のごく短い期間だけバザールに並ぶが、異国の地で出会ってさえ「懐かしいなあ」と一瞥する以外、購入することはなかった。自作で柿の葉茶を作っていたこともあったが、そちらの興味も薄れつつある。ちなみにチベット語で柿はシントク・アマ(果実の母)と素晴らしい名前を冠っているけれど、チベット社会ではそれほど馴染みのある果物ではなく、四部医典には掲載されていない。 (more…)