≪駐在日記番外編≫ アムド(青海省)、そして北京への旅 [LHASA・TIBET]

みなさんご無沙汰です。
新年になってから、もう3週間も経つのに、まだ一度も日記を更新していませんでした。 年末の誓いを立てたのに、すみません。 出張+遊びで、アムドと北京に行っていました。

アムドには風の東京本社のNさんと、現地ガイドトレーニング研修。 着いた初日から、西寧のガイドに3時間にもわたる、集中講義。 「風の旅行社」の哲学を熱心に語るNさん↓ 

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↑ 中国ではおなじみ、「紅色」の歓迎の意思表示。 何度体験しても、このノリはひいてしまう〜。

初日の夜は、歓迎会。 Nさんと僕は現地旅行社社長をはじめ、ガイドや飛び入りで来られた地元旅行局の官僚から、「白酒」乾杯攻撃を受けまくる。 白酒(中国語で「バイジォウ」)とはアルコール度数40〜60度もある、中国北方地方を中心に飲まれる地酒である。 僕の定義では、この酒は「即効で酔わせる」ためにだけ存在する。 こんな法外な酒で次から次へと乾杯攻撃をされ、僕は反撃する間もなくあっという間に撃沈された。 不沈空母のような体格の持ち主のNさんでさえ、撃沈はまぬがれたものの、トイレ前で碇を下ろしていた。 「これを、同僚に遊ばれている、と思われるのがつらい」とNさんは漏らしていた。 Nさんに代わっていうが、明らかにこれは「遊び」ではなく「仕事」である。 

次の日も、もちろん白酒攻撃。 しかし、昼間からやられるとは迂闊(うかつ)だった。 そのまま土族の民族村なるところに連れて行かれ、キッチュな民族衣装を着せられ、再び白酒を飲まされ、ふらふら踊らさせる。 我々二人の舞は、エイリアンが地球に不時着してまだ重力に慣れていないときに、やっとのことで歩くような、ふらつき具合に見えたはずだ。

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吐きそうになりながら、口を押さえなんとかこらえる僕。 Nさんはえらい! ちゃんと踊っている。↑  

そして次の日も、そしてあくる日も、夜は飲むことになったが、こんなことばかり書いていても仕方がないので、旅行のことを少し書く。

アムドを旅行するのは初めてであった。 零下15度前後と極寒ながらも、現地ガイドにチベット文化を日本語で語る術を少し伝授しながらの、楽しい旅行であった。 4,5日ざっと主な巡礼地を廻っただけであったが、ひとつ目に付いたことがある。 アムドのゴンパは中央チベットのそれに比べて、コテコテ度がかなり高い! ということ。 例えば、この仏塔↓

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(同仁にある、センゲション・ゴンパにて)

チベット仏教の神々や装飾品の模様で装飾されまくり、おまけにカラフルな色で彩られた電球が仏塔の各層ごとにクリスマスツリーのようにとりつけられ、夜は光るようになっている。 白色の仏塔に慣れた目には、かなり異形(いぎょう)に見える。 仏塔のあるべき進化形態か?

また、西寧から同仁に行く途中のハイウェイに突如と現れる、この超巨大壁画↓ この唐突性がなんとも言えぬ。

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同仁は、タンカ村としても世界的に有名だ。 数年前、なんと幅618メートルにも及ぶ、タンカを村中のタンカ絵師をあげて完成させ、ギネスブックにも載っている。 内容は仏教の神々や曼陀羅、歴史、そして「チベットの民俗」タンカなどもあり、まさにチベットのことならなんでも描いてしまい、それを強引にタンカに仕立て上げたような感じだ。 今はこのタンカ、西寧の蔵医学博物館に保存されている。

また、同仁のお坊さん兼タンカ絵師にタンカをいろいろ見せてもらったが、どれもこれも仏様の光背や装飾品の部分で使われる、金や銀の彩色があまりにも贅沢である。 横からタンカを見ると、その金の「厚み」が見て取れる。 

ここまできて、みなさんは、日本のどこかに似ている、と思われた方もいるかもしれない。 そう、アムドはひじょ〜に「名古屋」的なのである。 ツォンカパやダライラマ14世など、チベット仏教のスーパースターを生み続けているアムドであるが、中央チベットからも、そして中華文明の中心地からもやや遠いことが原因で、この「大いなる田舎」的センスが発達したのではないか、と僕は勝手に想像しているが、知っている人がいれば誰か教えて欲しい。 

グルリンポチェ縁の洞窟聖地なども行ったが(次回の駐在日記に書きます)、今回はほんの少しだけアムドを廻っただけなので、上の点はなんとも言えない。 これから機会があれば、ちょくちょく巡礼に来たいものだ。

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さて、アムドを去り、北京へ行く。
北京滞在の目的のひとつは、本漁りである。 東大のチベット研究者のOくんが書いて送ってくれた、非常に詳細な説明をもとに、和平里北近くにある、民族出版社の購買部へ行く。 あの狭いスペースに3時間近くはいたであろう。 (アムドで受けた白酒攻撃からまだリカバリーできておらず、)疲労困憊のまま、15キロもあろう本の束を担いであとにする。

翌日、ノルウェー大使館で働くチベット研究者の友達と、798芸術区と呼ばれる、中国現代アートのギャラリー群を徘徊する。 見ごたえあり。 特にチベットからでてきたばかりの僕の目には、非常に刺激的で、文革時代の毛沢東イデオロギーをメタ・ナラティヴに、「中国の現代性」を表象せんとするそのセンスやしたたかさには、目を見張るものがあった。 

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(北京・798芸術区のギャラリーにて)

北京最後の夜は、上のノルウェーの友達に、ポスト・クリスマス・パーティなるものに誘われた。 ようするに、「クリスマス料理をもう一度食べよう」パーティである。 そこではウォッカのようなお酒を飲みながら、蒸かしジャガイモと干した羊肉をお湯で戻したような、不思議な料理をご馳走になった。 が、お世辞にもうまいとは言えぬ味であった。 でも、ノルウェー大使館で働く職員や外交官のみなさんはとても暖かく異邦人の僕を歓待してくれた。 

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ラサを出て、アムドを巡り、そして北京。 飲みすぎて体が疲れたが、カラフルで刺激のある旅でした。

PS 今、風の東京オフィスからこの日記をアップしています。 
みなさん、今週末はカイラストークで会いましょう!