破壊の女神カーリー神の霊場へ
ダクシンカリは、カトマンズ盆地からは、車で南西に1時間ほどの距離にあります。途中、カトマンズ盆地の外輪山を越えるので、天候に恵まれれば盆地を見渡す丘の上から遠くにヒマラヤが望めます。カトマンズ市民にとってはちょうど良いお出かけスポットでもあり、人気の巡礼地となっています。先日、出張した折に行く機会があったので、ご紹介したいと思います。

カトマンズ盆地の向こうにヒマラヤが
ダクシンカリとは「南のカーリー神のお寺」という意味で、カトマンズ盆地の東西南北にある4つの大きなカーリー神のお寺の1つです。カーリー神とはヒンドゥ教の最高神の1つであるシヴァ神の妃ドルガー(パールバティの憤怒の姿)がアスラとの戦いの際に額から生み出した血を好む戦いの女神で、時間・死・破壊を司り、恐ろしい姿で悪を滅ぼしつつ、再生と解放をも象徴する存在とされます。転じて、あらゆる邪悪なもの(悪魔、災難、苦難)を滅ぼし、霊的なパワーをもたらしてくれるとされています。

ダクシンカリの入り口
ご利益は生命そのものと引き換えに

参道で売られるニワトリ(雄鶏)
駐車場で車を降り、入場門から参道に入ると、そこには各種お供え物が並ぶ門前街が形成されています。マリーゴールドなどの花、ココナッツ、アヒルの卵、コイン、バナナなどの果物、そして当然のように生きたニワトリが売られています。ニワトリ(おんどり)は、カーリー神に捧げられる生贄で、その生命を象徴する血を女神に捧げることによって、カーリー神の強いご利益を得られると考えられています。土曜日と火曜日は巡礼日で多くのヒンドゥー教徒が訪れカーリー神に生贄のヤギやニワトリの首をはねてその生き血を捧げます。参道にはお供え物のほか、生活雑貨、近くで取れた野菜や果物、豆、スパイス、漬物などがにぎやかに並んでいます。巡礼ついでに買い物したいという人も多いのでしょう。参道を歩いている人たちは、高揚していて楽しそうです。

お供え物を売る屋台
「ヒンドゥ教徒はお祈りの前に食事はしません。短い断食ですね」
とガイドのキランさん。ヒンドゥ教の習慣では、清浄を保つためお祈りの前には食事をしないそうです。これはヒンドゥ教の清浄/不浄の考え方によるものです。

スパイスなども屋台に並ぶ
参道の途中からお寺に続く階段を下りると2つの川の合流点が小さな河原になり、周辺に火葬場といくつかの東屋が建っています。女神に捧げるお供え物を持った人々は裸足になり、ご本尊の祀られるお堂に向かって長い列を作ります。私が訪ねた日は土曜日ということもあり、本堂からつづく通路や階段を埋め尽くすほどの巡礼者が並んでいました。

おコメやお豆も売っています
ヒンドゥ教徒ではない我々は本堂に入ることができないので(ただし、仏教徒でもネパール人なら入れる)、裏手からお祈りの様子を見学させていただきます。隙間から見ていると、ヤギやニワトリなどの生贄は、神様に捧げる役目を務める人に引き渡され、本堂の一番奥に連れて行かれます。頸動脈を一息に刃物で切られると、それまで暴れまわっていたニワトリはバタバタっと暴れた後ぱたりと動かなくなり、諦め顔で引きずられてきたヤギも「メエエエエ!」と短く鳴いたかと思うと、あっという間に絶命します。残酷に思う方もいるかも知れませんが「生命エネルギーそのもの」を女神に捧げ、生命の循環から大きなエネルギー(シャクティ)を得るのです。

ご本尊へ続く階段
命の循環 バーベキューになる生贄

ご本尊にお参りするため並ぶ人たち
お参りが終わった人は、境内にある屋台などで食事を取ったり、生贄にしたニワトリやヤギをお寺の裏にあるピクニック場でバーベキューにして食べたりします。これは神様から「お下がり」を頂く意味があり、カーリー神に捧げられた生命から得られたパワーをその身に受けるのです。巡礼に来ている人はカップルや家族連れでワイワイとやってきていて、みなさん楽しそうな様子で盛んに記念写真を撮っています。その雰囲気と生贄の「命をささげる」という行為との落差に、引いてしまう人もいるかと思いますが、日本社会では生物の生死があまりに日常から遠ざけられてしまった弊害のように思われるのは私だけでしょうか?

短い「断食」後の食事をとるための食堂
本堂に向かって建つお堂には、真っ白な装束で座り込み、大量の灯明に火をともす人がいました。「旦那さんを亡くした奥さんとその息子さんでしょう」とキランさん。亡くなった人の魂が来世に無事旅立つように、遺族がこのような儀式を行うそうです。本堂の裏には、大量の鐘が吊るされています。お願い事をしに来た人が、願いがかなったことのお礼に下げに来るのだそうです。鐘を鳴らして「願いが叶いました、ありがとうございます」とアピールするのでしょうか。

大量の「お礼参り」の鐘
参道でハトも売られていましたが、ハトは生贄ではなく「放生」と言って生き物を野生に解き放って功徳を積むためだそう。そのためか寺院にはハトが沢山いました。生まれ変わるなら雄鶏よりハトがいいですね。

命拾いしたハト
本堂の見学が終わると、キランさんが裏手の山の上にある「カーリー神の母親のお堂」に誘ってくれました。山頂のお堂からは谷を挟んで反対側にあるファルピンの集落が遠望できます。
途中、水牛のお乳を煮詰めて作った「クワ」というスイーツが売られていたのをキランさんが買ってくれました。ミルキーや餡子よりも甘くない、ボソボソとした触感です。「お祈りが終わったら何か食べるのが習慣なんです」。我々も神様から祈りのエネルギーを受けるために「お下がり」をいただく必要があるようです。
ダクシンカリはカトマンズから少し離れていますが、近くにはチベットの聖者グル・リンポチェの聖地の残るファルピン、大昔、湖だったカトマンズ盆地から文殊菩薩が山を切り裂き水を抜いたチョバール渓谷、カトマンズ4大ナラヤン寺院の1つシャシ・ナラヤン、雨乞の赤観音のお寺アーディナート、丘の上の古都キルティプルなど、ヒマラヤの展望台チャンドラギリなど合わせて訪ねたいスポットがいくつもあるので、火曜日か土曜日に日程が合う方には是非訪れていただきたい巡礼地です。