原のコロナ休業日記 Vol.36 日本陸軍における脚気の惨劇

 NHK BSプレミアム「フランケンシュタインの誘惑 科学史 闇の事件簿」を昨晩みました。途中から見たのですが、日本の海軍は麦飯を食べていたのであまり脚気にならず、陸軍は白米を食べていたので脚気で大勢の兵士を失ったという話でした。森鴎外のことだな、と思いそのまま引き込まれるように最後まで見てしまいました。

 1883年、軍艦龍驤で乗組員367名のうち、実に169名が脚気にかかり、25名が死亡。航行不能になる事件が起きました。これに受けて、海軍は、薩摩藩下級武士出身の海軍軍医 高木兼寛が、白米ばかり食べおかずをおろそかにしている兵士ばかりが脚気にかかりやすかったことから「脚気の原因は栄養の偏りにあるのではないか」と気づき、兵士の食事などを調査し麦飯を導入して脚気を克服しました。

 一方、陸軍では、軍医はすべて現在の東大医学部出身者で占められており「脚気細菌説」を支持していました。幹部の一人は森に留学の成果を求め、森林太郎(鴎外の本名)は論文を書いて答えました。1889年年、森は実験を行い白米の素晴らしさを説き日本食を変える必要はないと海軍の説を否定し、大正11年に亡くなるまで、生涯、「脚気細菌説」を曲げることはありませんでした。

 日清戦争では、森は白米の栄養価は甚だ大なるものがあり白米を1日6合食べていれば、副食おかずは無くとも栄養面で問題は無いと主張。結果、陸軍では、戦闘による死者450人に対し、脚気による死者4000人。日清戦争後、森は割譲された台湾にの軍医部長に任命されますが、その台湾で脚気が大発生、兵士2万3000人に対し、脚気患者2万1000人、2000人以上が死亡。日露戦争では、ナンバー2の軍医監として陸軍に参加。「麦飯を支給すべきではないか」と進言されるが黙殺。陸軍全体で25万人もの脚気患者を出し、2万7468人以上が死亡しました。(以上、同番組のHPから筆者要約)

 教科書には出てこない惨劇です。けっして森鴎外をここで糾弾しようなどという意図はありません。権威主義の恐ろしさと科学に対するリテラシーの欠如の問題だと思います。今、コロナ禍にあって一向に検査を拡大し「徹底した検査と隔離」へと方針転換しようとしない政府を見ていると同質のものを感じます。

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