添乗報告記●陸路で駆け抜ける文明の十字路 コーカサス3カ国大周遊16日間

出発日:2025年9月9日
文・写真 ● 川崎 洋一(大阪支店)
ツアー名 ● 陸路で駆け抜ける文明の十字路 コーカサス3カ国大周遊16日間

1日目 緊急事態を挽回

1日遅れの到着となった第一訪問地アゼルバイジャンのバクー。天然ガスが噴き出す大地が自然発火した燃える山ヤナルダクや、イスラム教が入る以前のイランの宗教で、火を崇めるゾロアスター教の寺院(拝火教寺院)を見学。今や天然ガスや石油などの地下資源で潤うアゼルバイジャン。国名の由来の一説に「火の神殿」を意味する言葉から、というのもうなずけます。祈りのシーンを再現した部屋では、仏教の読経の雰囲気との類似に皆さん驚き感動。インド商人や信者との関わりを知り、シルクロードを実感。

豊富な地下資源で発展するアゼルバイジャンを勢いを見るかのような前衛的なデザインのバクー空港


天然ガスの噴出により燃える地表。強い風の中でも燃え続けていました(バクー・ヤナルダク)


ヤナルダクから拝火教神殿への道では、多数の石油の掘削機が動き続けていました(バクー)
[caption id="attachment_514797" align="alignnone" width="1280"] 何もない大地に自然発火した炎があれば、崇めたくなります。左の神殿で火が燃えるゾロアスター教(拝火教)の神殿。(バクー)



その後、町を離れ、郊外の世界遺産「ゴブスタンの岩絵」を見学に。何十万年前と、いつもと単位が違う世界に、自然の力と人類の歴史の長さに驚愕。

下の中央の3人は頭に何かかぶってますね。アゼルバイジャンの伝統的民族の踊り似てるそうです(ゴブスタンの岩絵)


ゴブスタンの岩絵の丘から遠くカスピ海が見えます。今は高台にあるのですが、かつてはすぐそこまで海が来ていたそうです。


ゴブスタンにあったトイレの標識


最後は、渋滞の中をバクー旧市街に移動。夕暮れ迫りライトアップを始めた旧市街を散策。遅くなってしまったものの、かえって雰囲気も出てよかった、と好評でした。

そぞろ歩きも楽しい夜のバクーの街


風の街バクーの城門。堅牢な城壁に囲まれた町。争いの絶えない地であり、シルクロードの重要な拠点であったことを伺わせます

2日目 人気ドラマの続編の地アゼルバイジャン

昨日から続く強風が夜もビュービューと音を立てていました。バクーは別名「風の街」と呼ばれていることが実感できました。この日はまずシェマハに向かいました。金曜モスクは、シーア派とスンニ派がともに参拝するというアゼルバイジャンの許容性を象徴するようなモスク。歴史は古いものです。その後、郊外の丘の上に残る王族の墓(7つの墓)を見学。地震や侵略で建物は7つもなかったようですが、その朽ち果てた姿にかえって往時の繁栄を見る気がしました。

かつて都のあった街に残る王家の墓なのだが・・・(シェマハ・ハーン王家の廟)


シェマハ・ハーン王家の廟の中、墓石には精緻な彫刻が施されている


雨は少し小雨になり、アゼルバイジャンの西を目指します。
途中の峠で食べた昼食にはハウスワインも提供され、大満足。

でた~!ケバブ盛り合わせ!


続いて訪れたアゼルバイジャンのワイナリー。案内人が遠くを指さしての説明では、「ここから見見渡す限り、そのワイナリーのブドウ畑です」と。アゼルバイジャンでは、イスラムの国ながら、お酒は許容して楽しまれています。但し、豚肉はほとんど食されないようです。

この川の対岸の大地全部が所有のブドウ畑だそうです


ワインの製造過程についてもお話伺いました


こちらのワイナリーのラインナップ


いよいよ、ワインテイスティングです

今日の最終目的地シェキに到着。17世紀に建てられたというシェキの宮殿には、イタリアから取り寄せたベネチア・グラスをふんだんにつかった窓が夕日を浴びて美しく、当時シルクロードで繁栄したシェキ王国の優雅を感じました。内部はペイズリー風のデザイン(Butaというらしい)も多く使われていて、ウズベキスタンなどでもよくつかわれいた模様だと思い出しました。(内部は撮影禁止、ベネチア・グラスも中から見てなんぼ!なんで残念です)

庭のすずかけの大木が宮殿の美しさを増長してました(シェキハーン宮殿)

この後、訪れたのはキャラバンサライ。最近第2弾の制作が進行中の人気ドラマの番宣写真がここでとられたようで、お客様も交じって同じところからのショットの写真を撮ってきました。

シェキに残るキャラバンサライ跡。現在はホテルとして利用されています。


シェキのキャラバンサライの回廊にて記念撮影(某人気ドラマの公式サイトでおなじみ)

そしてアゼルバイジャン最後の夕食には、やはり、これ。アゼルバイジャン名物ハーン・プロフ。冠のような皮の中には、いろんなドライフルーツや肉たっぷりのピラフが詰まっています。ご賞味ください。

3日目 コーカサスで国境越え

今日は国境越えの日です。朝、結構余裕がある時間に出発したのですが、雨という悪条件に加え、想定外のほかの団体ツアー客が国境越えで時間が重なったため、国境出入国審査での待ち時間が長くなり、予定より30分以上も遅れてのジョージア入国となりました。ともあれ、全員無事、手続きでトラブルもなく国境を越えられたことに感謝。

雨の中の国境越え、これも陸路の旅でないとできないこと!


ジョージアでお世話になるガイド、ドライバーと合流し、アゼルバイジャン編に続いて、ジョージア編のスタートです。
まずは両替。この通過儀礼を済ませて一路、ランチの場所へと向かいました。国境手続きと雨で疲れがたまっていた皆様でしたが、民家で出された焼き立てのパン(ショティ)の香りと触感に心動かされ、目の前で燃え上がる炎の中で焼かれる豚肉の串焼きによだれを押さえつつ。昼食を迎えました。出された料理はいずれもおいしく、国境の疲れも吹っ飛びました。

自前の窯で焼く伝統のパン・ショティ。焼きたては特に美味なり。


豚肉ー。アゼルバイジャンでは食べられなかったので、いつもに増して美味しい。


ジョージア初日は民家でお食事!いただきまーす


ジョージア名物マツォニもいただきました

続いて訪れたワイナリーに到着するころには、天候も回復し、ワイナリーでクヴェヴリの説明を受けたり、ワイン・テイスティングを楽しみました。それぞれ好みもあり、楽しい品評会です。

有数のワインの産地のワイナリーにて


ワイナリーではジョージアの伝統的ワイン製法を教わりました


美味しいチーズもあってワインテイスティングで盛り上がりました


そこからトビリシの町中までは通常1時間なのですが、新学期が始まる直前で道は渋滞、30分遅れの到着となりました。おかげで、旧市街散策は、途中から夜景モードに突入。

渋滞で時間が短くなったトビリシ観光の中で、えっ!と思った代物「ベルリンの壁の一部」


その後、レストランでフォルクローレの音楽や伝統の踊りを楽しみながら夕食タイム。あっという間のジョージア入国の1日となりました。

4日目 コーカサス山脈に挑む

今日は、軍用道路をたどり、天国に一番近い教会と呼ばれるステパンツミンダの三位一体教会を訪ねました。途中、背景の湖と相まって絵になる、17世紀末築のアナヌリ要塞や、峠付近の山の風景が圧巻のジョージア・ロシア友好記念パノラマなどに立ち寄りました。今週のジョージアは、前の週と違って、天気が崩れてるそうで、2.000mを越すグダウリ峠に近いパノラマは強風も重なってめちゃくちゃ寒かったです。ただ青空が広がり景観には大満足。

歴史的価値もさることながら、絵になる要塞として人気のアナヌリ要塞


軍用道路をたどっていくと高台から周囲の山を見渡せる展望ポイントに出ました


コーカサス山中で、ぎゃ~という悲鳴が聞こえたのでカメラを向けたら恐怖のブランコ(右手前)がありました

三位一体教会もカズベキ山こそ全貌は見られなかったものの、丘の上に立つミステリアスな雰囲気の三位一体教会は拝むことができました。以前来た時には、がたがたの未舗装路を30分ほどかけておんぼろ4WDで上がってきた記憶があるのですが、今回は山頂まで舗装され、400mの標高差を15分でたどり着けました。山頂に立つ三位一体教会からのステパンツミンダの谷は見飽きることがありません。時間が許すなら、コーカサスの山を隠す雲が飛び去るまで待ってみたいほど、気持ちのいいところでした。

ステパンツミンダから少しだけカズベキ山が顔を見せてくれました


コーカサスの小高い丘に建つ三位一体教会。天国に一番近い教会とのいう言葉もうなずけます


三位一体教会からステパンツミンダの街がきもちいいほどよく見えました

トビリシに戻ってからは、ライトアップされた、現在建築の、ジョージア最大の三位一体教会を写真に収め、オプショナルのハマムへと繰り出しました。強めのあかすりにお客様の反応はそれぞれでしたが、なかなかできない体験と体を火照らせながらホテルへと戻って参りました。

ホテルからきれいな教会が見えたので行ってみたトビリシのツミンダ・サメバ大聖堂。


トビリシの語源といわれる温泉。ハマムのお湯はそれはそれは熱かったです

5日目 スターリン生誕の地と個性的な修道院@ジョージア

本日、最初に訪れたのは、ジョージア出身の超大物政治家「スターリン」の博物館、彼の生まれ故郷ゴリにあります。生家を敷地ごと保存し、立派な石造りの屋根で覆い、すぐ横に荘厳な造りの2階建ての博物館を新設。周辺にあった建物はこぼって、大きな公園に作り上げたもの。博物館の器からして、ソ連最高指導者としての力を見せつけられました。革命以前に、スターリンは7回逮捕され、6回脱走したという経歴があり、博物館に展示されている絵の中で、人物が白塗りで消されているものがある、など、また、ジョージア人のスターリン観に触れるなど貴重な時間を体験しました。

この立派な建物に守られているのがスターリンの生家(ゴリ)


教科書で見たヤルタ会談の写真もありました。ここでソ連の対日参戦が決まりました。


右端の白く消された人はいったい?誰?そして、何故?スターリン博物館お勧めです。


スターリンのデスマスクもありました

昼食は、近くの小さな家族経営のワイナリーでいただき、ここでもおいしいワインやチャチャに出会うことができました。

ジョージアのクヴェヴリを使った伝統的ワイン製法の説明を聞く


ジョージアで2軒目のワイナリーで昼食&ワインテイスティング

食後は、人里離れた地にキリストとの対話(修道)を求める人達が築いた修道院と教会(洞窟教会とカツヒピラー)を見学しました。洞窟教会は約250段の階段を昇りつめた奥にある洞窟に教会を彫り込んだ、現役の修道院。今は尼僧が暮らしているそうです。カツヒピラーの岩峰の上には一人、これまた修道士が暮らししているとのこと。昨今は食事の提供などができるワイヤーが張られ、40mの高さにのびるはしごを使って生き延びることができそうですが、かつてはどのようにして、暮らしていたのか興味がつきません。
カツヒピラーはフォトジェニックでもあり、ついつい写真撮影に夢中になり、クタイシ入りが遅くなってしまいました。

崖の中腹にある洞窟教会にて(チアトゥラ)


神に近づくには一番適当な場所かもしれませんが・・・カツヒピラー。岩峰の上にあるのが教会

夕食は「松屋」の特別メニューにもなって知名度がアップしたシュクメルリ。本場の味を堪能いたしました。

シュクメルリ!日本で一番知られているジョージア料理かもしれません。

6日目 ジョージアの異文化圏スヴァネティへ

今日は、いよいよ大コーカサス山脈の内懐、スワネティ地方に突入します。コロナ前後に舗装され、メスティアを経ずにウシュグリにいけるルートが開通。今回初めてその道でウシュグリを目指します。

クタイシからウシュグリへの直通道をゆく


その前に、クタイシのマーケットに立ち寄りました。朝から活気のある市場で、お客様もチュルチヘラやサフランを買ったり、写真に収めたりを楽しんでました。

紅茶、スパイス、チュルチヘラ、あれこれあって悩んでしまいます(クタイシ)


肉屋が通るよ~/クールなポーク屋さん


細長いのがチュルチヘラ、皮革製品のように見えるのはトクラピ、フルーツ味の薄い皮。料理やデザートに使われます

途中、工事中区間もあったため、少しロスタイムがありましたが、ほぼ予定通り、明るいうちに、ウシュグリに到着。ふらっと、散策する時間ができました。
お宿はベーシックなゲストハウス。シャワー・トイレは各個室にあるものの、部屋にはベッドとタオルが1枚あるだけ。テレビもポットもありません。でも、9月中旬にして、屋内には暖房がはいっており、あったかく迎えていただきました。
夕食までの時間を、スワネティの伝統的建築「血の復讐の塔」を眺め歩いたり、ジョージア最高シハラ山にかかる雲の切れるのを期待しながら過ごしました。

クタイシからウシュグリまでの途中の村で昼食をいただきました


クタイシからウシュグリまでの道中に見たアイラマ山


夕日にたそがれるシハラ山とウシュグリ村(9月中旬)


ウシュグリのゲストハウスの一室。暖房がうれしい、簡素にして十分の部屋でした

夕食は限られた材料の中にしては、メニューをそろえていただいたようでおいしくいただきました。今日は、渋滞や国境通過もなかったので、早めに休むことができそうです。

山の中でこれだけ出てくれば十分です、しかもおいしかった(ウシュグリのゲストハウスにて)

7日目 コーカサス山脈でハイキング!

今朝は快晴。昨日望めなかったシハラ山を見ることができました。

朝日に輝き始めたシハラ山とウシュグリ村(9月中旬)

朝、ランチボックスならぬ、ランチ袋をかばんに詰め込んで、徒歩で出発。まずは村はずれの小さな教会を訪問。聖母マリア教会。中はシンプルな礼拝堂があるだけの建物と、横にこれまたちいさな修道院。今も修道士が暮らしているとか。教会内部に残るフレスコ画は建物の歴史と同じ11世紀のもの。世界で2番目に早くキリスト教を国教として取り入れたジョージアでも、ここスヴァネティ地方まで浸透するには時間がかかったようで、11世紀になってようやくキリスト教はこの地にたどりつきました。その意味でもスヴァネティ地方は、特殊な地域と実感できました。

ラマリア教会からシハラ山を望む


ラマリア教会内部に残るフレスコ画(ウシュグリ)

その後、4WD車でハイキングのスタート地点まで移動。ここから氷河めざしてハイキングに挑みました。日頃歩きなれてない方にはちょっとキツいかったようです。

シハラ山を目の前にした、ハイキングスタート地点。天気がよければここでぼーっと過ごしてもいい場所です


シハラ山麓の氷河を見に往復約3時間のハイキング(トレッキング)でした

ハイキング(もといトレッキング)から戻ってからは、スヴァネティ地方の中心地メスティアに移動後、「血の復讐の塔」を見学。訪れた塔は5階建てで、屋根まで上れるところでしたが、思ったより狭く、急な階段なので、2階以上は、だれでも登れるとは限りません。無理のない範囲でスヴァネティ地方の文化を楽しんでください。

私たち(有志)が登ったのはこの塔です(たしか)


塔の家の中の上り下りはこの心細いはしごだけ


塔の家のてっぺんからメスティアの町を見下ろす

8日目 黒海にはまる

今日はほぼ移動日。スヴァネティの山岳地区から山を下り、黒海に面した港町バトゥミを目指します。
幸いメスティアは晴れ、ホテルからは「血の復讐の塔」が川向うに見えて、メスティアの中心地からはテトヌルディ山もきれいに見えましたし、下山途中、ウシュバ山もくっきり拝むことができました。スワネティのビッグ3は、シハラ山、テトヌルディ山、そしてウシュバ山です。

朝日を浴びてメスティアの町にそびえる塔の家


メスティアから見えたテトヌルディ山(4,974m)


ウシュバ山(4,710m)

メスティアからの下山の道のすぐ脇には、深い谷になっており、その底をマガナ川が山を削りながら流れています。コーカサス山脈は1年で約1㎝隆起を続けているそうですので、それまたはそれ以上の早さで、マガナ川は山の谷底を削っているのでしょう。

スヴァネティ地方でもはちみつが売られていました

下界にたどり着いた最初の町でランチ。ちょっと辛い味付けがこの町の特徴だそう。レタスサラダと思って食いついたら唐辛子まみれで舌がびっくりしました。
その後、17世紀の宮殿公園で記念撮影。結婚式の定番の場所なのか複数組の記念撮影にも遭遇。美しい花嫁姿を垣間見る機会を得ました。

ナポレオンのデスマスクがあるというダディアニ博物館


トビリシとバツミを結ぶ鉄道、石油や天然ガスの輸送ルートだろうか?


バツミからトビリシ、エレヴァンへとつながる鉄道を横目で眺めたりしながら、日没前にバトゥミに到着しました。バトゥミは、かつてはマルコポーロが皇帝フビライの元を辞して帰国の際、通ったのではないかと推察している町です(私説)。日本人の観光ルートではあまり訪れることのない町ですが、トルコに近くイスラム教徒も多く住み、最近はロシアからの移民で発展著しいジョージア第二の町です。ゆっくりと回転を続けながら、10分に一度合体するという「アリとニノの像」にみなさん釘付けでした。異文化の共存のお手本となる町であり続けてほしいと思いました。

イスラム教徒のアリとジョージア正教徒のニノの2人を描いた小説がモデルの2つの像は時間がくると動いて重なり、そしてすれ違っていく(バツミ)


せっかくカスピ海から黒海まで来たので海に触れようとしたら、まんまと波に浸かってしまいました。黒海にはまってしまった!

9日目 南ジョージアを目指す

今日はトルコとの国境の町から、南ジョージアへ移動しました。午前中は昨夜からの雨風が黒海に激しい波を起こすほどで、その後も降ったりやんだりでしたが、ヨーロッパとアジアを分けるというリヒ山脈下のトンネルを抜け、昼食のレストランに到着する頃には、雨も上がり、トルコを源流としてトビリシを経てカスピ海に流れるこむムトゥクヴァリ川沿いの、雰囲気のいいレストランでの昼食となりました。ガイドがジョージアのナンバー1とお勧めのチーズハチャプリもとても好評!

東西ジョージアを分けるリヒ山脈を横切るトンネルを越えて


ボルジョミ近くのおしゃれなレストランで昼食


昼食に出たチーズ・ハチャプリはガイドお勧めだけあって美味でした(ボルジョミ郊外)

午後は、ティムールやモンゴル、トルコ、ロシアとの闘いの舞台となったともいわれるアハルティヘの要塞「ラバティ城」を見学。交通の要衝であったのでしょう、堅牢な造りで、トルコ支配の影響もあり、中にはモスクも教会もあり、アルハンブラ宮殿っぽいところがあったり、近年復元されたためテーマパークと揶揄する声もありますが、しっかりした博物館もあり、お勧めできる面白いお城でした。

ラバティ城のマドラサと城塞、オスマントルコの建築様式だそうです(アハルティへ)


黄金のドームを持つモスクもありました


アルハンブラ宮殿っぽいアーケードと幾何学模様の庭


紀元前3000年ごろの、2体の家族の守護神 炉端に置かれ目に黒曜石がはめ込まれている(ラバティ城内の歴史博物館)


紀元前8世紀 偶然発見された青銅器製像(ラバティ城内の歴史博物館)


2~4世紀の透かし彫りの青銅器製バックル(ラバティ城内の歴史博物館)


かわいらしいモチーフのレリーフたち(ラバティ城内の歴史博物館)

10日目 洞窟都市潜入

今日は、アルメニア入国の日。と、その前に、ヘルトヴィシ要塞を外から眺めました。小さいながらも堅固な印象。

2つの川の合流点に立つ古い要塞。川をたどって攻め入る異民族の存在があったのかと想像する


続いて、ヴァルジアという洞窟都市の遺跡を見学しました。対岸から見たヴァルジアは、まさにアリの巣。 実際、度重なる地震で表の岩が崩落する以前は、洞窟は岩に隠され、外からは見つけることができなかったとのこと。夏涼しくて冬温かいという洞窟住居は、12世紀ごろから凝灰岩質の崖を掘り進めて建設が始まり、タマル女王の時代から加速、モンゴル帝国やサファヴィー朝の支配を逃れ、13世紀に最盛期を迎えた洞窟都市は、最大5万人の住人が暮らし、一大要塞としての機能も備えていたようです。洞窟は13層(現在は19層とも言われる)もの階層をなし、かつては3,000もの洞窟があったとのこと。フレスコがの残る教会や、住居跡、貯水池、修道院、ワインセラー、秘密のトンネルなど、みどころ盛りだくさん。1時間半かけてじっくり見学しました。

秘密都市? 今見えてる洞窟の入口は、前面にあった岩壁が崩落したため現れたとのこと(ヴァルジア)


崖の中にはこんな広い空間がいくつもあったようで、5万人が暮らしていたとも(ヴァルジア)


フレスコ画が残る立派な教会入口、今も現役のため、内部は撮影禁止(ヴァルジア)


洞窟と洞窟を結ぶいくつもの秘密?のトンネルがあり、私たちもそれをたどって見学しました(ヴァルジア)

右の鐘があるところ(教会)から秘密のトンネルを使って奥に入り、再びこちら側に出てきました(ヴァルジア)


ジョージア最後の食事はやはりワイン(ぶどう畑)のあるレストランで


ちょっと寒い日でしたので、ビールとワインで温まります

その後のアルメニア入国もガイドさんのサポートでスムーズに進み、無事アルメニアの首都エレヴァンに到着することができました。

11日目 民家の食事に舌鼓

今日はアルメニアの独立記念日、エレヴァンの町中は、イベントの予定があるようで、朝から厳戒態勢。ホテル付近にも朝食前の時間帯から警官の姿を見かけました。
最初の目的地ホルヴィラップ修道院からのアララト山は、山頂が雲の覆われ、展望はなりませんでした。ただ、修道院の地下にある聖グレゴリアスが投獄されていた地下牢のはしごの怖さは、行かれた方全員同意見でした。

アララト山が雲に隠れたホルヴィラップ修道院


ホルヴィラップ修道院で見かけた素敵なハチュカル?


修道院に続く参道?にはお土産屋の露店が並び、旅も後半になると、みなさん、買い物に費やす時間が増えてきました。Tシャツ、ピンバッチ、ざくろの置物、アルメニア名物スジュクなどなど。

ここで買ったアルメニア名物スジュク(ジョージアのチュルチヘラと同じ)は大好評でした


旅も後半になって、お土産モードも高まってきました(ホルヴィラップにて)

この日、民家での昼食は、好評。ハウスワインやウォッカもいただき、地下の窯で炊き上げた豚肉とじゃがいものBBQにもみなさん大満足でした。

自家製のチキンケバブ、香りからして食欲をそそります


アレニの民家でいただいた食事は大満足でした


その後訪れたタテフ僧院は靄の中。幻想的でした。ただ、せっかくのロープウェイからの展望は視界5m程度で残念な結果でした。それでも、修道士たちの暮らしを支えた製油所の説明や、地震を予知したり、ティムールが引き倒そうとしても引き倒せなかった謎の石柱の話などを興味深く聞きました。

地震を揺れて知らせる伝説の石柱ガヴァザンとタテヴ僧院


タテヴ僧院は多くの修道士や学生を抱え、油も作られていました


夕食には、本日は独立記念日ということでしょうか、祝日によく食されるというアルメニア郷土料理の1つハリサをいただきました。鶏肉と小麦をよく煮込んだ温かい料理です。最初単調に感じる味で、塩やコショウを駈けたくなるのですが、食べているうちに鶏肉から染み出した塩分がちょうどいい塩加減に感じてきました。

その起源はアルメニアにキリスト教を伝道したころに遡る説も

12日目 世界最古の天文台?

カラフンジュは、7,500年前の古代の天文台という説と、古代の墓だという説があるようで、いまだ決着していない遺跡。参加者もそれぞれの見解を持ったようで、その意見交換で盛り上がりました。

石の大きさは大人の身長ほどなのですが、並び方が作為的で・・・これはきっと何かある!(カラフンジ)


いくつかの石にはこのような精巧な穴が開いてるのです。きっと何かある!(カラフンジ)


参加者の皆さんも謎を解こうといろいろ見て回ります、どうやらこの環状の石場が怪しいらしく・・・お墓のようなものがあったそうです(カラフンジ)

そこから次なる目的地ノラヴァンクへ。

道中、牛渋滞発生(笑)!

13世紀アルメニアの天才建築家による斬新なスタイルの教会建築。以前は、その魅力的な階段を上ることができたのですが、ふざけた外国人がそこから落ちて落命したとかで昇降禁止となってしまって今は登れなくなってました。ただ、それを除いても、周囲の山肌や建材の色から「赤い修道院」との異名と持つこの寺院の魅力が消えることはありません。

以前はこの前の階段に登れたのですが・・・(ノラヴァンク)※実際は傾いてません


生首をもったイエス様?いいえ、そうではありません。答えは、現地に行ってから。(ノラヴァンク)


聖地巡礼から帰還?アルメニアは井戸も聖地のようで、ノラヴァンクの井戸の中にも祠が祀ってありました

それからコーカサスで3か国目のワイナリーへ。白、ロゼ、赤そしてリキュールをテイスティング。その流れでワイナリーのお庭で昼食。昨日と違って気温もあがり、庭で食べるのに最適な気候でした。出されたチョウザメのケバブは絶品でした。

アレニのワイナリーにて


アルメニアでのワインテイスティング。何回あってもうれしいものです。


これがチョウザメのケバブ


帰途、昨日拝めなかった大アララト山の山頂も顔をのぞかせてくれ、アララト展望を願っていたお客様もお喜びでした。

昨日拝めなかったアララト山(大小とも)が顔を見せてくれました

13日目 ついに迎えた最終日

旅の最終日はアルメニアの首都エレヴァン周辺の観光。まずは、ロンギヌスの槍が発見されたというゲガルド修道院へ。その途中、アララト山に展望地があるというのでストップ。ここ3日間の中で一番いい天気でした。アララトを背景に記念撮影。

アララト山ではありません。アルメニア最高峰アラガツ山です


晴れた~!アララトの雄姿を見ることができました(但しアララト山は現在トルコ領)


アララト山を背景に記念撮影しました

この日最初に訪れたのが洞窟教会ゲガルト修道院。キリストの死後検めのため脇腹を指したと言われるロンギヌスの槍の穂先がここで発見された言われから、ゲガルト(槍の意味)の名を持つ修道院。一見普通の修道院ですが、かつて山に洞窟を掘って修道士たちが暮らしていた場所。世界遺産です。教会と言われる場所がまるごと岩を掘り進めてできた空間だと聞くと、祈りや宗教に対する考えが変わってきました。

岩だらけのゲガルト修道院に到着、道中にも洞窟がいくつも穿かれていました


ゲガルト修道院で祈りをささげる敬虔なアルメニア正教徒?


こんな広い空間を彫って作ったとは・・・(ゲガルト修道院)


まさに岩を彫って作った後がわかる教会への導入部分(ゲガルト修道院)

そこから移動して次はキリスト教以前の神を祀った神殿ガルニ。太陽の神ミトラを祀ったと言われています。近くには、ローマ時代の浴場や宮殿跡もあり、世界遺産でなくても、興味が湧く場所でした。

ミトラ神を祀っていたというガルニ神殿、キリスト教以前の神殿が残っている国内唯一と言われる


ガルニ神殿の横にあるローマ浴場跡に残るモザイク


ガルニ神殿から望むアザット渓谷の柱状節理


柱状節理の石を使った敷石(とお客様から教えていただきました)

お昼は、アルメニア名物ラバシュの作り方を見せてくれるレストラン。天気も回復し、青空の下、お庭で気持ちよくいただきました。

アルメニアの国民食ラバシュ作りのデモンストレーション、かなりの重労働です


こちらも名物、ニジマスのBBQ、大好評でした

午後は、アルメニア使徒教会の総本山エチミアジン大聖堂へ。昨年まで工事中だった大聖堂の修復も終え、宝物館もしっかり見学できました。そして7世紀の教会ズヴァルトノツの遺跡。地震で崩れてしまい、今はその残骸しか見られませんが、アルメニアが当時の先進地域だったことがわかる場所の1つです。アララト山展望できる地でもありました。

長い期間の修復を終え入場できるようになったエチミアジン大聖堂


ロンギヌスの槍先(左)とノアの箱舟の木片(右)が展示されています(エチミアジン宝物館)


ぶどうの収穫が始まったアルメニアで次に訪れたのがスーパーマーケット。みなさん、お土産を物色。ワイン、チーズ、お菓子などなど。思い思いの品物をお買い求めになり、帰途につきました。

14日目 深夜、空港へ

長いようで短かったコーカサス16日間の旅。体調を大きく崩すことなく、満喫いただけたと思います。エレバンの町から空港へ。エレバンの小さな国際空港で、使い残したアルメニア通貨で惜別の酒を楽しまれてました。

今回のツアーはこちら

3か国のワインやハイキングも楽しむ

終了ツアー 陸路で駆け抜ける文明の十字路 コーカサス3カ国大周遊16日間

出発日設定2025/06/19(木)~2025/09/09(火)
ご旅行代金877,000円~899,000円
出発地東京
正面はコーカサス最高峰シハラ山5,200m(ウシュグリ) 正面はコーカサス最高峰シハラ山5,200m(ウシュグリ)

終了ツアー

2026年のツアーはこちら

※この添乗報告記と2026年度のツアーでは、日程の一部が異なります。

アゼルバイジャン・ジョージア・アルメニア 3か国のワインも楽しむ

陸路で駆け抜ける文明の十字路 コーカサス3カ国大周遊16日間

出発日設定2026/06/16(火)~2026/09/01(火)
ご旅行代金957,000円
出発地東京
正面はコーカサス最高峰シハラ山5,200m(ウシュグリ) 正面はコーカサス最高峰シハラ山5,200m(ウシュグリ)

ツアー

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