トーテムポールの故郷クイーンシャーロット島

廃墟となった集落に残されたトーテムポール
廃墟となった集落に残されたトーテムポール

クイーンシャーロット島(実際は、大小3000以上の島からなる群島)は、カナダ西海岸の北端、アラスカとの国境に近い沖合にあります。1万年前まで続いた北米最後の氷河期にも、この島の大部分は氷の上に出ていたと考えられています。そのため、今はこの島だけに生息する動植物も多く、「北のガラパゴス諸島」とも言われています。鮭をはじめとする豊かな魚介類、海流の関係で温暖な気候、温帯雨林の深い森と、今も非常に恵まれた自然環境の島です。しかし、この群島南部の島々には、19世紀以降、ヨーロッパからやって来た人々が持ち込んだ疫病などで人口が激減したため、放棄されてしまった村落跡が幾つもあります。そこには朽ちかけたトーテムポールが静かに海を見つめ、巨大な杉の木で作られた家の梁などが深い苔に包まれて残されています。群島の最南端に近いアンソニー島は世界遺産に指定され、写真家の星野道夫さんは、この島の村落跡を深く愛し、数多くの写真を残しています。


イルカやシャチ、鯨も姿を現す豊かな海

温泉のわき出る島もある

北米の先住民というと、すぐに思い浮かぶ「トーテムポール」は、実はクイーンシャーロット島に住む先住民、ハイダ族の人から始まり、アラスカ、カナダの西海岸に分布したクワクワクィルト、セーリッシュ、ベラクーラ族などの人々の間に受け継がれたものです。トーテムポールは信仰の対象として拝んだりするものではありません。日本の家紋のように、そこに刻まれた動物や人間は、一族の系譜や祖先の物語、特別な出来事などを象徴したものです。それぞれの家は、代々受け継がれる伝承を通じて、熊やワタリガラス、オオカミやシャチなど、特別な動物と結びついています。トーテムポールに動物が刻みこまれているのはそのためです。トーテムポールの多くは、家の入り口のところに建物の一部として立てられます。ちょうど大黒柱のようですね。部族の長などの有力者がなくなった場合は、その後継者が先代への敬意を表するためにトーテムポールを作らせることもありました。また、その遺体を美しい箱に収め、トーテムポールの上部に納めたものもあります。
 
人々はスギの厚板を使い、奥行きが10m以上もある大きな住居を建てて集落を形成していました。スギやトウヒをくりぬいた大型の船をたくみにあやつって長距離を航海し、活発に交易を行いました。伝承文学の豊かさも印象的です。文字をもたなかった人々は、ポットラッチと呼ばれる集会を開き、そこで部族のメンバーの誕生や死亡、結婚、襲名、もめごとの解決などの重要な報告を行いました。参加者はそれを記憶し、証人となって伝承されるわけです。各部族や家に伝わる歌や踊りも披露され、その継承権の確認なども行われました。ポットラッチを招集したチーフ(部族の長)は、参加者にどっさりとおみやげを持たせました。そのためには大きな富の蓄積が必要でしたから、生涯に何度もポットラッチをすることは難しく、大変な名誉と考えられていました。トーテムポールを立てるときにも、必ずポットラッチが開かれました。
 


伝統的なベンディングボックス

遺骨を迎えるために作られているベンディングボックス

19世紀になって、この島にヨーロッパ人が入植を始めてからすぐ、彼らの持ち込んだ天然痘や結核などの病気が先住民の人々の間に急激に広がっていきました。活発な交易活動や、大型のカヌーによる行動範囲に広さがかえって災いしたようです。また、「未開な人々」を「良きキリスト教徒」にするという植民地政策により、ポットラッチは禁止され、先住民は文化継承の手段を奪われることになりました。
 
トーテムポールや儀式に使われたお面などの工芸品も、“おみやげ”や文化人類学の研究資料として、北米各地やヨーロッパに運ばれていきました。なかでも、珍重されたのが「ベンディングボックス」と呼ばれる箱でした。この箱は蒸気で蒸した杉の板を四角く折り曲げて作られるもので、表には美しい絵や彫刻がほどこされています。その中には、一族が特に大切にしている物や、物故者の骨などが入れられていました。
 
島の人々は、「ハイダ族の血が流れている者は、島に埋葬されなければ本当の意味での魂の安息はない」と考えています。10年あまり前から、ベンディングボックスと共に島外へ持ち出された祖先の遺骨を取り戻す運動が、島の人々によって地道に続けられています。世界各地の博物館や大学の研究室などに、「せめて箱の中の遺骨だけでも島に帰して欲しい」と訴えているのです。返還の返事をもらうと、島の人々は祖先の「たましい」を迎えるための新しいベンディングボックスを作り、遠くヨーロッパなどへも出かけていきます。
 
祖先の遺骨を島に戻すことは、苦難に満ちた歴史で失った自らの文化と誇りを取り戻すことでもあります。ハイダ族の人々はこれからも、深い思いのこもったベンディングボックスを作り続けることでしょう。


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