四万十の清流に心洗われて通う道
美しい自然のなか、工房で鐵をうつ! -嶋田の古式鍛造研修記-

風カルチャークラブのパンフレットを眺めた方が必ずといってもいいほどその手をとめる、日本長期滞在講座悠々ニッポン「四万十川でたたら製鐵」と「四万十川で古式鍛造」のページ。皆様が憧れる講座の現場をお知らせすべく嶋田京一(東京本社)が皆様の代わり(?)に研修の旅へ出かけてきました。


ジューッ!シュワ! 800℃まで熱した鉄を水に入れた瞬間、たちこめる水蒸気に独特の鉄臭さのような匂いが漂う。昔、小学校からの帰り道によく覗いた鍛冶屋さんの匂いはこれだったのか!
水から出し、目の前にかざして湯気が残る黒光りする鉄に見入る。鉄の塊に自らの手で命を吹き込んだ手応えをかみしめた。

○ ● ○


操業中のたたら炉の前にて、
岡田光紀氏(右から二人目)、
林信哉氏(左端)

モコモコとした新緑の広葉樹の小山を縫うようにして列車がすすみ、乗り換えるたびに短くなった列車は、仕舞いにはたった1両だけ。そして、さらに路線バスに乗り継いで、四万十川の清流沿いの目指す工房に辿り着きました。
きびきびと指示を出しながらも優しい笑顔も忘れない岡田さんと静かに走りながら師匠からの指示をこなす穏やかな髭顔の弟子の林さん二人が工房で迎えてくれました。

講師の岡田さんは、独学でたたら製鐵の技術を復活させ千年の歴史があるといわれる日本古来の鉄生産技術を再び現在に復活させた方で、刀鍛冶の方や鉄鋼メーカーの方も度々、訪れるそうです。ガレージにも似た工房内の一角にあるテーブルで勧められるままにコーヒーを飲んでいるうちに岡田さんの話がいつの間にか始まっていました。
気がつけば玉鋼(たまはがね)を鍛えた日本刀を「むう、これは・・・」としたり顔で唸りながら手にしている私。こうした作業以外の岡田さんの話もとても楽しいひと時で、以後の研修中も休憩のたびに楽しい談笑となり、ずいぶんコーヒーを飲んだものです。


工房へ通う道すがら撮った1枚

宿は、工房から徒歩で約15〜20分ほどのところにある、この辺に一軒しかない民宿。途中には三角形に組み合わされた赤い鉄骨が美しいトラス橋があり、ここを渡るかもう少し遠回りしながらちょうど民宿の裏手にかかる沈下橋* を渡る道もあります。せっかくなのでいつものんびりとちょっと遠回りしながら行き帰りの道を楽しみました。美しい山間の夕暮れ時の四万十川沿いを、カエルの鳴き声を聞きながら田んぼや畑の脇を帰るのも楽しい一時です。朝の通い道では、鶯がそこかしこで鳴いていました。

* 2010年の台風による被害で現在は通行禁止になっています


鐵を鍛える
●2日目(研修初日)
午前中、鉄筋の棒を叩いて円錐から角錐にしたり、延ばしたり曲げたりそれを切断したりという基本作業を繰り返し練習しました。
火床(ほど)と呼ばれる炉に火を入れ、送風機で連続して風を送るとあっという間に炭に火が着き、そしてコークスへと火が移り温度は瞬く間に上昇します。炎は明るさを増すとともに色がうすくなっていきます。「今、800℃だね、もうすぐ1,000℃だよ」100℃単位で温度が瞬時に変化する中、色で温度を判断する岡田さん。そして鉄の棒を火に入れて間もなくサッと出したかと思うと、カンカンカンとリズミカルに叩いていきます。あっという間に熱く焼けた鉄が形を変えていき、軟らかい飴でも伸ばすようです。ちょうどいい温度で叩くと力をいれずとも楽に加工出来るとのこと。しかも聞くところによると素早く叩いている間は冷めにくいそうで、まさに鍛冶仕事はスピードが勝負。余談ですが、鍛冶屋さんも含め職人は気が短い人が多いというか向いているのだとか。なるほど。



火床の中の小刀

練習作を数個打ちだした頃、「じゃあ、そろそろやってみようか」と岡田さん。本番は小刀を打ち出すことにしました。小刀は元々の鋼材より薄くするためこれがまた難しい。全体のデザインなどは、自分の好みの形に叩いてくださいと言われながらも叩いていくうちに出来た形に好みが合うというか、知らずに妥協して自分の好みになっていたりもしますが、こと厚みに関しては均一に仕上げなければならないので、そこが一番神経を使います。表面が鎚跡でボコボコにならないように、均等な厚みにするのが大変で、鎚を握りなれない右手はあっという間に悲鳴をあげはじめました。

●3日目
今日は真剣勝負の焼入れです。昨日打ち出した小刀の形をした鋼材を再び熱し、すかさず水につけて急激に冷やすことで鋼(はがね)を更に硬くする作業です。しかも、ただとにかく硬くすれば良いのではなく、「粘り」を加えることが必要です。硬く切れ味を鋭くするとともに、硬いが故に脆くならないように粘りのある刃物にするため焼入れ後、硬さを増した鋼に粘りを持たせる焼き戻しという作業をします。どちらも刃物の価値を左右する大事な加工です。
焼き入れの微妙な色の変化を見るには、周囲が暗いほうがいいということで焼入れは工房の周囲が暗くなった夕方から行うのだそうです。


銘入れの練習中

それまでの間、日中は自分の小刀に名前を鏨で刻む練習に充てることになりました。これまた簡単そうに刻む岡田さんに続いてやってみるのですが、まるでうまくいきません。それでついムキになってコンコンと刻んでいるうちにあっという間に2時間が過ぎていました。お楽しみ(?)の焼き入れタイムが迫ります。
蛙の鳴き声がにぎやかに感じはじめた頃、「さぁ、じゃやりましょうか」と岡田さんから声がかかりました。いよいよです。鉄は温度が上がると磁性を失う性質があり、ある温度から磁石につかなくなります。今使用している鋼ではそれが800℃。つまり、磁石につかなくなる温度まで上げ、それ以上熱くせずにすぐに冷やします。岡田さんが磁石を熱した鋼に近づけて説明してくれます。ほらこれが800℃といって見せてくれた色、この色をおぼえなくては! 
その色の時は磁石を近づけてもくっつきません。温度が下がり、色がにぶくなると、ある時点でガチッと磁石がつく瞬間があります。暗い工房で、殆ど白色に近い明るさの火床の光が網膜に残るなか、必死で「その色」を探ります。


鋼の色を見る

そしていよいよ「その時」がやってきました。一発勝負の焼入れです。昨日、たたき出した鋼を火床にいれて熱すると、刃先の細く尖った部分は当然のことながら早く熱くなり、明らかに早く色が変わりはじめます。刃先が800℃以上にならないように確かめつつ、頃合いをみて少しずらしながら刃全体を同じ色(温度)になるように熱します。どうやらさっきまで何度も目に焼き付けた色になってきました。そしていよいよ水へ!一瞬、心の中でためらったような気もしましたが、それっ!と投入。ジューッ!シュッ、ウン(1拍)で水からあげます。このわずか数秒が刃物の命を左右します。
目の前の四万十川のようにゆったりとした時間が流れていた工房も焼き入れの時だけは、波立つ瀬のように時間が過ぎていきます。

その後の焼き戻しでは赤くなるまで熱しないため、水を軽く噴霧してその蒸発具合で温度を判断します。それまではただ単にジュワッと蒸発していた水が200℃を過ぎると、不思議なことに水が玉になって鋼の上を走ります。それを見て、再び水の中へジューッ! 

こんなに緊張したのは久しぶりでした。(仕事以外では!)緊張感から開放されたなんともいえない充実感と心地よさで満たされながら宿へ帰ると、これでもか!という種類の食材が食卓に並びます。じつは前日もこれを平らげるのにひと苦労したものです。その日、すでに充実感で満たされたお腹ではとても残さずに食べきることが出来ず、軽い敗北感で食堂を後にしたのがこの研修で唯一の悔やまれごとだったかも。


岡田さんによる研ぎ

●4日目(研修最終日)
今日は刃を研ぎ、昨日練習した銘入れをして完成させます。3つの砥石を使い分けて研ぐのですが、研ぎ方ひとつで表情も変わり、切れ味ももちろん変わります。余談ですが、完成品を持ち帰り風カルチャークラブを担当している水野に見せたところ、ひと目で岡田さんが研いだものを見抜かれてしまいました。

またこの日は、たたら炉の操業も見学することが出来ました。古来から伝わる製鐵法のたたらによって日本刀にも使われるほど優秀な鉄である玉鋼を作り出します。たった3日とはいえ鋼を自分の手で加工した後で、このたたら操業を見ると、次は自分も鋼作りからやってみたいと心底思いました。

仕事柄、ツアーや講座を引率する機会はあるのですが自分がひとりの参加者になるという機会は実はあまりないものです。今回の研修では参加者の皆さんがたどるであろう道順と心境をなぞるべく工房へと向かいました。
一人旅の気楽さは楽しいものですが、見知らぬ土地の工房に一人飛び込むのはじつは勇気がいるというかやはり緊張するものです。でも、そんな不安は工房で出迎えたくれた岡田さん、林さんの笑顔を見た瞬間にどこかへいき、あとはひたすら楽しく集中できた3泊4日の旅。

完成した小刀はその重さ以上にリュックの中でズッシリとした存在感でした。加えて、出会った人たちの笑顔、そして四万十川の清流の思い出といったおみやげでいっぱいになりながら四万十を後にしました。持ち物の案内に、たくさん入るカバンというのも加えないと!

完成した打出し小刀。さて、岡田さんが研いだのはどれでしょう?

完成した打出し小刀。さて、岡田さんが研いだのはどれでしょう?