添乗報告記●イラン~アゼルバイジャン ゾロアスターからイスラムの世界13日間(2018年9月)

添乗ツアー名 ●悠久のシルクロード大走破【第5弾】
イラン~アゼルバイジャン ゾロアスターからイスラムの世界13日間

2018年9月25日(火)~10月7日(日)
文・写真 ● 川崎 洋一(大阪支店)


今回はイランとアゼルバイジャンをめぐってきました。
イランの5大都市(テヘラン、マシュハド、イスファハン、タブリーズ、シーラーズ)に加え、ツーリストの少ないアゼルバイジャンへの陸路での国境越えを体験し、最後は石油・天然ガスの資源収入で活況に2025年の万博開催も見据えているアゼルバイジャンの首都バクーを訪れる13日間です。
参加者6名とフットワークも軽く行動できたため、日程外の追加訪問やハプニングもあり充実の13日間でした。

イスファハン 王のモスク イスファハン 王のモスク

最初の入国地はマシュハド。9世紀のカリフ、イマーム・レザーの霊廟の門前町であり、シーア派の聖地として各国から巡礼者が訪れます。王朝の庇護や信者の寄進を中心に今も増築・拡張を続けているという神聖な地でイランの洗礼を受けます。女性のお客様は着け慣れないスカーフやチャドルに悪戦苦闘。イスラムの敬虔な信者に失礼にならぬよう気をつけます。

シーア派最大の聖地のため敬虔な教徒が多く、黒尽くめの衣装に異教徒の国に来たことを実感 シーア派最大の聖地のため敬虔な教徒が多く、黒尽くめの衣装に異教徒の国に来たことを実感

続いて訪れたのがヤズド。ここはイスラム以前ペルシアの国教であったゾロアスター教徒が今も多く暮らす地。火・水・風・土を大切にする彼らが編み出した「風葬」の場「沈黙の塔」や今も火をともし続けるゾロアスター神殿などを訪れながらゾロアスターの教義などにもふれイランの奥深さを実感。さらには、西アジアで広まった格闘技コシュティの練習場ともいうべき「ズールハーネ」も見学。ペルシャ風の音楽に合わせて初級者からベテランの人まで一緒になって鍛錬するトレーニングは時にたくましく時にユーモラスでもあり、貴重な体験でした。ヤズドでは旧市街の中のホテルに宿泊。そこが昔の家を改造したホテルで、砂漠の民が建てる建築様式を反映し、元・中庭を囲うように2階建てで部屋が配置され、それぞれこぢんまりと個性があって皆さん見比べたりして、楽しんでいただきました。

「土」を汚さないための風葬の習慣が1930年代まで行われていた沈黙の塔 「土」を汚さないための風葬の習慣が1930年代まで行われていた沈黙の塔
西南アジアではコシュティという格闘技が人気ですが、その伝統的肉体鍛錬の練習場「ズールハーネ」 西南アジアではコシュティという格闘技が人気ですが、その伝統的肉体鍛錬の練習場「ズールハーネ」

そしてゾロアスターの聖地チャクチャクで「ササン朝の皇女の涙」といわれる水滴を拝んだ後、民家でカーペットを織っているお宅を訪問したりしながらイスファハンへ。

人里離れた岩山の影にあるゾロアスターの聖地「チャクチャク」、その名は水のしたたる音から名づけられました 人里離れた岩山の影にあるゾロアスターの聖地「チャクチャク」、その名は水のしたたる音から名づけられました

イスラム建築の粋を集めた見所満載のサファビー朝の都イスファハンでは、イマーム広場にある旧称王のモスク、巨大かつ精巧で緻密なモスクや宮殿を見上げ続け、首が疲れました。サファビー朝を描いた絵画にはお酒を飲む王も描かれており、おおらかだった頃のイスラム王朝を垣間見ました。

お酒のような飲み物が描かれた宮廷絵画(チェヘル・ソトゥーン庭園) お酒のような飲み物が描かれた宮廷絵画(チェヘル・ソトゥーン庭園)
世界の半分と称えられた「王の広場」 世界の半分と称えられた「王の広場」
イスラム芸術の集大成・王のモスク正面のエイヴァーン イスラム芸術の集大成・王のモスク正面のエイヴァーン

次に訪れたのは、悠久のペルシアの代名詞シーラーズ郊外の「ペルセポリス」です。壮大な敷地に、今尚、凛と立つ大理石の巨柱。かつての姿を映し出すVRゴーグルで、お客様も往年のペルセポリスに舌を巻きながらカメラのシャッターを押し続けていました。もちろん、見逃せないローズモスクにも、たっぷり撮影時間を取ったのですが、まだまだ足りませんでした。

アレキサンダー大王によって燃やされ廃墟となったペルセポリス アレキサンダー大王によって燃やされ廃墟となったペルセポリス
インスタ映えすると人気のローズモスク  インスタ映えすると人気のローズモスク 

 

現在の首都テヘランでは国立博物館、ゴレスターン宮殿で、ペルシアが生み出し、世界から集めた至宝を数々目にしました。また、時間が出来たので突撃訪問した「旧アメリカ大使館跡の博物館」は、映画アルゴをご覧のお客様はいたく感動されたようで、お勧めしたい場所です。

ゴレスターン宮殿の水路を取り入れたペルシア庭園 ゴレスターン宮殿の水路を取り入れたペルシア庭園
1979年の人質事件の舞台となった旧アメリカ大使館(「スパイの巣窟博物館」と書かれている) 1979年の人質事件の舞台となった旧アメリカ大使館(「スパイの巣窟博物館」と書かれている)

そこから2日かけて訪れたタブリーズは世界遺産のバザールでお土産を物色。みなさんイラン人顔負けに両手に紅茶やはちみつ、ピスタチオなどを抱えてホテルへと戻りました。

1,000年以上の歴史を誇るタブリーズのバザール 1,000年以上の歴史を誇るタブリーズのバザール

実はこの日はもうひとつサプライズ企画がありました。グレートネイチャーという番組で紹介された虹色の山を探しにいくことです。運よくその場にたどり着くことができ、「この景色の中だとずっとここでいられる」などの感想があがり、案内した甲斐がありました。ガイドいわく、おそらく日本人ツーリスト初訪問とのことでした。

虹色の山といわれ、地層が美しく積み重なり露出した山々が連なる 虹色の山といわれ、地層が美しく積み重なり露出した山々が連なる

そして予想外に反響があったのが、アルダビールの世界遺産シェイフ・サフィーオッディーン廟。アッバース1世がシルクロード交易で集めた1,000個以上の美しい陶磁器を飾ったというドーム内一面の棚。カジャール朝時代、ロシアが攻め入ってそのほとんどを持ち去ったという悲しい歴史がよりこの遺産の価値を高めているかので、その主を失った棚が物悲しくも美しい霊廟でした。

アルダビールの廟の陶器で埋め尽くされていた壁は今は空っぽ アルダビールの廟の陶器で埋め尽くされていた壁は今は空っぽ

翌朝の国境越えはほとんどツーリストは通わないルート。しかし、幸い昨今両国間の関係がいいためか出国も入国もスムーズ。国境はカスピ海に流れ込む小さな川にかかる橋でした。長い髪とお尻を隠さなければならない窮屈とお酒を口にできない束縛から解き放たれる一歩を参加者全員で踏みしめて、アゼルバイジャンの地に入りました。アゼルバイジャン側にはすぐ免税店があり、ウィスキーやビールが並べられ、それらが自由の象徴のように見えたものものでした。

イランでの滞在は、各地で美味しい料理や、親切な人々に出会え、イランの現状を見るのも、ガイドの話しを聞くのも面白く、それはそれは楽しいものでしたが、服装の規律と禁酒の掟だけには皆さん、閉口されていたようで、アゼルバイジャン到着とともに「楽園だ」とおっしゃってました。

さて短いアゼルバイジャンの滞在の始まりです。1日目はこれもマイナーながら行ってみて「正解」のゴブスタン遺跡。13,000年前から残る岩絵の数々。その前にできた博物館が秀逸で、タッチパネルを使った触って楽しい博物館になっていて、この日の屋外は風が強かったのですが、その後の岩絵見学も皆さん楽しんでいただきました。

太古のカスピ海岸にあったゴブスタン遺跡(踊る人の岩絵) 太古のカスピ海岸にあったゴブスタン遺跡(踊る人の岩絵)

アゼルンバイジャンもイランと同じシーア派の教徒が多いイスラム中心の国。ただ、ソ連時代を経て、その規律はゆるやかで、ワインも名産地として今も知られています。到着早々から、ワインを楽しまれたのは言うまでもありません。

最終日は「風の街バクー」見学。前日に風の強いことはすでに実感済み。カスピ海に向かって吹く風は強烈で、この地にその名がついたことがよくわかります。旧市街からは近未来的な「炎の塔 フレームタワー」が望め、過去と未来が同居する不思議な感覚になりました。
女性も普通に髪を見せ、パンツルックで闊歩するあまりイスラム教の国という感じがしないアゼルバイジャンで最後に訪れたのが拝火教神殿。17世紀インド人貿易商がここに建てた神殿は地下から湧き出る天然ガスが火をともし続ける神殿を中心に、彼らの住まいが保存されゾロアスター教を信仰する彼らの暮らしぶりが展示説明されていて大変興味深く見られました。

火を祀るゾロアスター教の神殿跡、ここアゼルバイジャンも天然ガスが豊富 火を祀るゾロアスター教の神殿跡、ここアゼルバイジャンも天然ガスが豊富

ガイドから聞いた言葉です。ゾロアスターの教義の中に4ついいことを言っていると。

1.人は自由に生まれる。宗教の選択も自由だ。
2.宗教のために戦争をしている人を悪魔と呼ぶ
3.人に迷惑をかけてはいけない
4.聖職者は独裁者にならない

「ゾロアスターからイスラムへ」のサブタイトル通り、太古から現在に至るまで、ゾロアスターとイスラム、2つの宗教の様々な顔に触れることができた旅でした。



<関連ツアー>


シェアする