先日、赤坂にあるキルギス大使館を訪ねた。麻布十番の駅から徒歩5分とあったので、そのつもりで行ったら、今あの辺りは大規模な工事をしていて、かなり遠回りをさせられた。閑静な住宅街にある大きな一軒家だ。玄関に大きな国旗が掛かっていなかったら、通り過ぎてしまったに違いない。
キルギスの国旗は、日の丸の白地の部分が赤く、日章(紅日)の部分が黄色で、配色は違うがデザインは日の丸とよく似ている。両方とも太陽をシンボルマークとして真ん中に描いている点が興味深い。黄色い太陽の内部に描かれた井桁のようなマークは、ユルタの中央にある天蓋・トゥンドゥク(モンゴルのゲルではトーノ)をデザインしたものだ。その太陽から出ている40本の光条は、建国時の部族の数を表しているそうだ。
サハロフ特命駐日全権大使とは何度かお会いしているので、「お久しぶりです。今日はお招きいただきありがとうございます」と上がり框でご挨拶すると、2階の応接間に通された。テーブルにはドライフルーツの盛り合わせが用意され、冷たい水を出してくれた。簡素だが、気持ちのいいもてなしだった。
キルギスは、コロナ禍最中の2022年から日本人観光客の積極的な誘致に乗り出し、2023年11月には、来日されたショパロフ大統領と日本旅行業協会(JATA)の会談が帝国ホテルで行われ、今年6月には、JATA傘下旅行会社のツアー開発を目的とした視察団が組まれた。私は団長としてこれに参加した。
この日、改めて視察団受け入れて戴いたことへの謝意を述べた。サハロフ大使からキルギスの印象を尋ねられたので、「お世辞を言っても意味はありませんから正直に申し上げます」と前置きし、「ウズベキスタンでいえば、サマルカンド・ブルーで有名なレギスタン広場のような、誰もが知っている象徴的な観光地がないので、誘客は簡単ではなく、観光には貴国は向きません」と申し上げた。流石に少々驚かれたご様子だったが、続けてこう付け加えた。
「しかし、現在の日本は海外旅行市場が成熟化し、見て楽しむ観光ツアーより、こと消費型の旅行が主流で、体験型ツアーが急増しています。そういう点では、キルギスこそ時代の流れに合致した最先端の観光地といえます。天山山脈を抱いた大自然の美しさと伝統的な遊牧文化には大きな魅力があり、トレッキング、乗馬、バードウォッチング、サイクリング、ドライビング等々、アクティビティーの宝庫です。」そう申し上げると、私の話の趣旨を理解され嬉しそうなご様子だった。
実際、スイスやニュージーランド、カナダなども観光素材は歴史的遺産ではなく、大自然やアクティビティーこそが主力となっている。ただし、観光客が心地よく過ごせる上質なインフラの整備や優秀なガイドの養成が欠かせない。そのうえで、観光客の印象を大きく左右するのは、その国・地域の人々のホスピタリティ。キルギスは、こうした条件を備えた数少ない国の一つである。
しかし、そのキルギスでも、近年は観光地の開発が進み大規模なリゾートホテルが次々と建設されている。観光が経済発展と強く結びつけばつくほど、歴史的にはどの国でも、乱開発とも思える大規模開発が行われてきた。その国の政治・経済状況もあり部外者が軽々にはいえないが、大自然を抱いた美しい国を美しいままに、人々の素朴な暮らしを素朴なままに、いつまでも保ってほしいと願う。