ドラッカーからみる「全体主義」考

つむじかぜ306号より


慶應丸の内シティキャンパス(慶應MCC)のドラッカーに関する連続講座の2回目がありました。事前に、『ドラッカーは、全体主義=悪の前提で議論を展開していますが 「全体主義」についてどう思うか。特に組織運営上全体を優先したほうがいい場面もあるのでは?』という趣旨の課題が出ていました。

最近は、本屋に行けばドラッカーの本がたくさん並んでいますが、実際に著作を読んだことのある方は、あまりいらっしゃらないと思います。この日の授業では『「経済人」の終わり』というドラッカーの処女作の解説が行われました。事前に読んではみましたが、大変難しく、私には最後まで読む力がありませんでした。

しかし、課題は、日々の経験で書いてください、とのことでしたから、土日にあれこれ悩みながら、A4で2枚弱のレポートを書きました。しかし、こんなことは、暫く考えてみたこともないので随分時間が掛かってしまいました。

私は、日本人の精神性の中に、全体主義をむしろ抵抗なく受け入れてしまう気質があるのではないかと以前から感じてきました。それは、265年も続いた江戸時代という封建体制下で形成されたと推測されますが、それ自体は、家や藩を保持していく日常規範的な道徳だったはずです。

欧米流に言えば、それは、前近代的で封建主義的な陋習かもしれませんが、江戸という近世は、中世のヨーロッパに比して、庶民の多くが明るく平和に暮らしていたと言われていますから、全くの陋習とはいえないでしょう。ところが、昭和に入って、国家規範にまで拡大され歪められていきました。
 
戦後、個の確立が叫ばれ、日本は、大きく民主主義と個人主義に舵を切ったはずですが、どうも、日本人に染み付いた精神性は、日常生活の中で世代を超えてしっかりと引き継がれているようです。

日本的経営とは、そうした精神性を土台に形成されたように思います。会社や経営者のために個人が犠牲になれというような専制主義ではなく、みんなで幸せになろうと経営者が旗振役になった分けです。それを、「全体主義」というなら、私はあえて否定しません。しかし、「会社は、個人にとって全体性にはならない。個の方が大きい」。と、私は考えています。根源的には、個の確立なくして、永続的な会社など存在するはずがありません。

次回の課題は、「自由について」です。レポートは書きますが、モンゴル出張で授業は欠席です。残念。

★弊社代表取締役原優二の「風の向くまま、気の向くまま」は弊社メールマガジン「つむじかぜ」にて好評連載中です。

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