スピティ、キナウル調査行 その2:キナウルに入る[LADAKH]

サラハンを出て、サトレジ川沿いに上流へ向かう。
カムパ村の狛犬ならぬ狛虎(カルパ村の狛犬ならぬ狛虎)
キナウル・スピティMAP

途中でジョラという場所でキナウル族(キナウリ)が住むキナウル地区に入る。キナウル族は、8万5千人ほどの高地民族で、インドの叙事詩『マハーバラタ』のキンナラという半神半人の伝説的存在と関連づける学者もいる。また、キナウル地区は、パンダヴァ兄弟が数年間、逃亡生活を送っていた場所ともされている。
カルパ村のキナウル族(カルパ村のキナウル族)

キナウルは、上、下キナウルに分けられている。ジョラからカルチェンまでの地区が下キナウル、カルチェンからスピティ地区までが、上キナウルとなっている。下キナウルでは、もともと仏教が衰退していて、約20年前から、ヒンドゥー教徒の移住の影響もあり、今では、人口の約四分の一がヒンドゥー教、約1%がキリスト教になっているそうだ。一方、上キナウルでは、いまでもチベット仏教ドゥクパ・カギュー派の影響が強く残っている。

上下キナウルの分岐点、カルチャンに来て、サトレジ川を離れ支流のバスパ川沿いに上流、南東方向へ向かう。カルチャンから18kmほどで丘の上に密集しているカムル村の下に着く。カムル村は中世バシャール王国の地方領主が住んでいた村で、領主が住んでいた五階建ての塔が目立っている。車を降りて、徒歩で丘の上の塔を目指す。石と木造の民家の間を登っていくと、門にたどり着く。門を入ると、土着の宗教神殿、ヒンドゥー教神殿、仏教寺院が混在している空間に至る。木造の部分が多いので、インドに来ていることを忘れて、東アジアのどこかの国の宗教施設にいるような錯覚になった。
カムル村の塔(カムル村の塔)
カムル村の神殿(カムル村の神殿)

さらに坂道を登ると、二つ目の門にたどり着く。門番に頼んで、緻密な彫刻がほどこしてある扉を開けてもらい、中に入り階段を登る。中に入るのに、サラハンと同様に、備え付けの帽子をかぶることと、緑色の帯を腰に巻くように要求された。塔の真下の広場に出て、広場にあるヒンドゥー教の神殿の祭司に会った。塔の中には、ヒンドゥー教のカマクシ女神が祭られているという。
カムル村の寺院祭司(カムル村の寺院祭司)

カムル村の見学を終えて、さらに上流に1kmほど行くと、古い民家が残るバツリ村に着いた。ここには、鋭い尖塔の神殿がある。

バツリ村から来た道を戻り、カルチャンに着いて、さらにサトレジ川上流へ向かい、勢いよく水を噴出している水力発電施設を超え、橋を渡り、丘を登りレコンピオの町に着く。ここは、キナウル地区の行政の中心地だ。さらに20分ほど車で坂道を上がると、今日の宿泊地カルパ村に着く。
カルパ村全景(カルパ村全景)

カルパ村は、かつてチニと呼ばれていた。伝説によるとチニとは、この地域の最初の支配者の妻の名前であったそうだ。1960年代の中印国境紛争後、インド-中国関係が悪化したため、チニの発音がチャイナに似ていることからカルパという名前に変更したとのこと。

カルパ村では、知人の紹介でプリティビ・ラジさんの家にホームステイすることになった。プリティビさんの父親は、チベットのゴンカル空港の近くのドゥクパ・カギュー派寺院の元僧侶で、高僧のお供をしながらインドへ亡命し、キナウルに居を構えることになった。
カプリティビさん一家(プリティビさん一家)

カルパ村には、リンチェンサンポが建立したフブランカル寺があったそうだが、1962年に火災に遭い焼失してしまった。プリティビさんの父親は、1966年、その寺院跡に新しい寺を再建した。その後、キナウリの女性と結婚し、プリティビさんら三人の子供を育てた。プリティビさんは、いま家の隣に新しいホテルを建設中で、観光業に力を入れている。 カルパ村の歴史を聞いた後、村の散策をする。プリティビさんの父親が再建したという寺は、村の中心部にあり黄色のトタン屋根で目立っていた。あいにく門番が不在で中に入ることができなかったので、すぐ近くのナラヤン−ナギン寺院を訪れる。ヒンドゥー教寺院の外観をとっているが、実際は、ヒンドゥー教の影響を受けた地元の宗教の土地神を祭った神殿である。木造のため、まるで神社のような雰囲気だ。(以下、便宜上、神社と表記する。)

運よく年に一度のダクラニ祭の日にめぐり合ったため、村人たちが神社の境内に集まってきた。この日、一年以内に亡くなった人の身内の者が、カルパ村の裏にあるピリ山の山頂まで登り、戻ってきた死者に生前使用していた鏡、化粧品、衣服などを与えるという。かつては、実際に死者を見ることができたというが、いまでは死者を見ることができる者はいなくなったそうだ。神社の中から村人に担がれてザマナと呼ばれる御神輿が出てきた。ザマナの上部は、円形の黒髪のような飾りがあり、中央部には多数の金属製のムカンという仮面が張り付いている。一番上に取り付けられているシュムカンという仮面に神が宿り、質問をして神が不機嫌になると神輿を担いでいる者たちにも制御できないほど激しく揺れるという。まるでコックリさんのような御神輿だ。
カルパ村の御神輿(カルパ村の御神輿)

キナウリ族のほとんどが仏教徒で一部がヒンドゥー教徒と書いたが、どうやらキナウリ族の信仰生活には神霊崇拝が息づいているようだ。御神輿の神事を見た後、プリティビさんの家に戻るとき、眼前にそびえる雪山が一時夕焼けに映え、荘厳な姿を現した。
カルパ村から見えた夕景色狛(カルパ村から見えた夕景色)