第46回●「ルクミク」ヒマラヤ・ラブストーリー

小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ルクミク (キク科)

その昔、アムチ(チベット医)といえばほとんどが僧侶であり男性だったが、時代も移り変わり現在では男女半々の割合となっている。20代の男女が全寮制で5年間も顔を合わせるのだから、当然、色恋ドラマも生まれるというもの。大学の教室では机を寄せ合って勉学に励み、ヒマラヤ山中では男が薬草サンプルを採取し、彼女と二人で標本を作製する微笑ましい風景を見かけることができる。
そんな薬草実習中、ルクミクの採取を命じられたときのこと。僕は脚力を活かして標高を上げ、まだ手付かずの群生地であっという間に課題の分量を採取できた。そして「俺って仕事できるなあ」と意気揚々、余裕綽々で下山してくる途中、まだ半分も採り終えていないドルマちゃん(仮名)に出会ったのである。うーん、いつ見てもかわいい。
「オガワ、なんでそんなに早く終わるのよ。ねえ・・・ちょっと頂戴」
普段から遠慮の無さが彼女の魅力だと感じているのだが、今回も「いやー、まいったなあ」と心の中でニヤケながら半分近くを献上し、足りない分を「ほんと、まいったなあ」と再び採取するはめになってしまった。

メト・ルクミク・ドゥク・タン・リムネー・セル
ルクミクの花は、毒と伝染病を癒す。  (四部医典論説部第20章)

ドルマはネパール生まれの難民二世で典型的な今どきの若者。ベネトンを着こなすなどファッションセンスもいけている。「オガワ、ピザを食べに行こう」とおねだりされては外国人向けのレストランへ一緒にいき、当然、支払いはこの僕。たまにお返しのつもりなのか10ルピーのイドゥリ(第40話参)を授業の合間にご馳走してくれるのがいじらしい。しかし、残念なことに我々はカップルでもなんでもなく、年が離れているせいか兄妹のように見られてしまい、こんなに仲良くしても噂の一つも学内に拡がらないので、ここはチベット医学の聖なる教えを実践せねばなるまい。

女性を獲得するには、まず目で見つめて、キスをしなさい。
甘い言葉を囁き、笑顔で近づきなさい。   (四部医典秘訣部第91章)

 女性の獲得手段は医学タンカにも精密に描かれている

ドルマは外国人に対しても社交的な性格だけれど、一般的にチベットの女性は保守的で深く付き合うことはなかなか難しい。事実、男性がチベット人、女性が外国人のカップルはたくさんいても、その反対はほとんど見かけない。「わたしたちだって、テレビでみる西洋の女性みたいに一人でお洒落なバーに入ってグラスを傾けてみたいわよ」。そんな女性の声を聞いたこともある。女性が人前でお酒を飲んだり、女性側から男性にアプローチするのは当然、ありえない。とはいえ女性が三歩下がって歩くほどおしとやかなわけではなく、そんなフリもしない。

テント設営 ベースキャンプ地マリー

そういえば薬草実習のとき男女間で激しい領土問題が生じたことがあった。女生徒10名、男12名に対し、定員8名のテントが3基設営された。当然、女 10、男6、男6、の配分になるかと思いきや、女生徒の主張は女5、女5、男10、余った2人は先生のテントに逃げ込め、というハルノート並みに受諾不可能な条件を提示してきたのである。普段は我関せずのオガワが珍しく女性案に強行に反対したものの功を奏さず、結局、女6、男8、残りの一基は中立地帯として女4と男4が同居するという前代未聞の住み分けがされたこともあった。ちなみに僕は中立地帯に配属されたために着替えも思うようにできず、時に退出を命じられ、放屁が漏れてはからかわれ、意外と楽し・・・いや、楽しくなかったことを付記しておきたい。

メンツィカンおてんば三人娘。「オガワ!ほら、写真とって」

2008年7月1日夜、南インドで研修中のドルマから電話が入り、久しぶりにお互いの近況を報告しあった。どこどこの研修生は患者が少なくて退屈しているとか、あそこは指導医が厳しくて自由がないとか。
「じゃね、オガワ、おやすみ。たまに電話してね」
あいかわらず彼女のペースに巻き込まれながらも「いやー、まいったなあ」とその夜、にやけながら眠りについたのは、いうまでもない。こんどはルクミクを薬草としてじゃなく素敵な花束として献上してあげるよ。

参考:ハルノート 1941年、アメリカが日本へ突きつけた文書。中国大陸からの完全撤退など当時の日本としては受諾できない内容が記されていたことから、アメリカへの開戦を決定付けたとされている。

小川 康 プロフィール