第76回●ターキン ~進・・まないぞ!ブータン薬草発見隊~

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

tibet_ogawa076_1ターキン
普段はのんびりしているが、実は走ると速いらしい。ティンプーの動物園にて撮影

風の旅行社の重要な命を受け、我々「風の薬草発見隊」は7月18日、薬草の王国ブータンに降り立った。(『アムチ小川同行!ブータン薬草を見る、聞く、探す8日間』ツアー参)「国花・ヒマラヤの青いケシ」はもはや使い古された宣伝文句となりつつある。ここは風のオリジナル薬草を発見しブータンツアーの新境地を切り開かねばなるまい。

お任せください。なにしろ隊長はチベット文化圏以外の外国人で初めてのチベット医となったアムチ小川。そして隊員1号はチベット文化圏以外の外国人で初めてのセイタカダイオウに成りたいと願うAさん。2号はブータンのマンホールに魅力を感じるなど異次元の着眼点を持つBさん。そして3号はバリバリの植物専門家、隊長の立場を脅かすCさん。

tibet_ogawa076_3薬草を探す隊員たち

4者4様、8つの目によってあらゆる草木、生物、ときには無機物を捉えるのはいいが、捉えすぎてなかなか前に進まない。現地ガイド歴20年のウゲンさんをして「史上、最も歩みの遅いツアー」と嘆かせたその速度はブータンの珍獣ターキンのごとし。郷に入らば郷に従え。ブータンに入らばターキンのごとく進め、というメッセージをターキンから教わったのである。そしてもう一つ重要な暗号を、空に掲げられた五色の旗ルンタ(第74話参)から解読したのはAさん。全ての事象は五色で感じるといいのよ、という提案により我々は大胆かつ宗教的に植物を探索することにした。

tibet_ogawa076_2

セイタカダイオウ(日本での通称)
ブータンではチュムカル・メトと呼ばれる。人の背丈ほどもある珍妙な植物。昔、イギリス軍は峠に並ぶこの植物をブータンの大軍と勘違いして退却したそうな。

1:青色

tibet_ogawa076_4プクトメノ・カゼ
ツユクサの仲間と思われる。数年後、この名前がブータンに広まっていることを願う。

tibet_ogawa076_5ペンペンマ
上下の唇をしっかりと内部に丸めてペンペンと明瞭に発音するのがコツ

「わー、何これ、かわいい!ツユクサの仲間かしら。いままで見たことないわ。小川さん、これなんて言う薬草ですか?」
と専門家Cさんがかがみ込んだ目線の先には可憐な青い花が咲いている。
「チベット医学では認識されていない植物ですね(冷や汗)。まあ、ここは発見者であるCさんの名前を学名にしてしまいましょう。ということで今日からこの花の名前は“プクトメノ・カゼ”に決定しました」。
ちなみにプクトメノはCさんの本名がブータン風に訛った変形である。

「あ、素敵な青い蝶々!シジミ蝶かしら」
と呟くCさんの隣で再び冷や汗を垂らす隊長。自分に限らずチベット・ブータン人にとって蝶は蝶(チムチム・ラモ)でしかない。そこで、たまたま隣にいた現地ドライバーのイシェ君に尋ねると
「ブータン標準語では知らないけど・・・、僕の生まれ故郷の東ブータンでは蝶を“ペンペンマ”というんだ」
と意を決したように答えてくれた。ペンペンマ、ペンペンマ、いい響きだ。ちなみに蛙はタクタクパというんだと、やはり嬉しそうに教えてくれた。彼らには蛙の鳴き声が「タク、タク」と聴こえるという。僕たちのDNAを震わせる素敵な単語の響きから、今後、風のツアーでは東ブータン語を一部採用することに決定した。

2:黄色

セイタカダイオウに成る夢は残念ながら叶わなかったAさんが、代わりに最も感動したのはシャンディル(サクラソウ)の真っ黄色の群落。ディルは鈴、シャンは鈴の音の擬音語である。一句“いちめんシャンディル、いちめんシャンディル♪”。いちめん、というのは心にドンと来ますね。さらに「ヒマラヤの黄色いケシ」にも出会えて今日は黄色の日になったと大喜びしている。ちなみにシャンディルは花の色によって効果が異なり、赤色は熱病、黄色は小児病に効くといわれている。なんとなく分かる気がしませんか。

tibet_ogawa076_6シャンディル(チベット医学名)
サクラソウの仲間
tibet_ogawa076_7ヒマラヤの黄色いケシ
チベット医学名はウクチュ・セルポ


3:赤色

tibet_ogawa076_8ブータンではキノコのことをシャモという。このキクラゲのようなキノコはジリ(猫の)ナムチョ(耳)と呼ばれる

赤いルクル・ムクッポ(第12話参)の学術的説明を終えた隊長が調子に乗っている脇では、Cさんが地面に這うようにして何かを撮っている。「この赤くて小さなキノコが可愛くてねえ」 マンホールに続き、小さなキノコやシダ植物、コケ類が大好きなCさんのおかげで我が隊の守備範囲が大きく広がった。なにしろ湿度が高いブータンはこれらの宝庫なのである。
「小さな範囲に、こんなに多くの草木やキノコが生えているなんて、いままで気がつかなかったわ。日本に帰ってからも、このペースでゆっくり観察しながら歩いちゃうわね」

4:緑色

tibet_ogawa076_9ゼムシン
タンゴ僧院への道中にて撮影

アムチ小川が最も心に残った植物は、タンゴ僧院へ登る道中で出会った地味な緑の葉っぱ。ウゲンさんの説明によるとブータン語でゼムシンといい、この葉っぱをお坊さんたちがお寺の木の床に擦りつけて腐食を防ぐのだという。つまりワックスのような役割である。確かに葉っぱを揉むと手が黄色く染まり、タンゴ僧院の床はまさにその色に染まっていたのである。しかもフルーティな香りがする。身の回りの草木を用いる先人たちの智恵に感心するとともに、果たして、最初にどうやって、誰がこの地味な葉っぱの効果に気がついたのだろうかと空想を巡らせた。お坊さんたちが一斉に床に葉っぱを擦りつけている光景を見てみたいものだ。壮観だろうなあ。

ブータンやチベットでは西洋の学名のようにあらゆる草木、キノコに名前をつけるわけではなく、薬や食料など人々の生活に関わるものだけが例外的に名前を与えられる。また土地によっても方言のように名前が異なるためチベット文化圏における草木の共通語を作るのは不可能ともいえる。つまり草は人の生活に触れて初めて、その時々に、それぞれの場所で固有の名前を与えられるのである。来年のブータンツアーでは人々の生活と草木との関わりについてさらに深く調査せねばなるまい。

5:白色

「こんなに小さなツリフネソウ(釣船草・学名インパチエンス)を初めてみました。可愛い!」
屈み込みっぱなしの専門家Cさんが再び感嘆の声を挙げた。
「ははは、一寸法師が乗りそうな釣り船ですね。では“インパチエンス・イッスンボウシ”と名付けましょう」
みんなが笑いながら賛成してくれた。

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インパチエンス・イッスンボウシ
高さ10センチ前後。チベット医学名はチウ・タルカ。チウは小鳥をタルカは種が「タルッ!」と弾ける様を表している。学名のインパチエンスはラテン語で「我慢できない」と言う意味で、やはり弾ける様を表している。



こうして我々、風の発見隊が感動し笑うことで、草と人との関わりが生まれ新しい名前がつけられていく。そう、ちょうど草を楽しんで初めて薬という漢字ができるように。ブータンの街や山ではまだまだ多くの草木が素敵な名前をつけてもらうのを待っています。来年は一緒に行きませんか。お待ちしています。

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