第96回●ゴノル ~ああ、勘違い~

tibet_ogawa096_1活気あふれる野菜市場

2006年7月、メンツィカン4年生に在学中の僕のもとに1通の手紙が届いた。ブータン厚生省からだ。心当たりは全くない。中を開けると第1回国際伝統医学会議における講演依頼が入っていた。しかも会議のスタッフである高田さんという人から「是非とも貴殿に弟子入りしたく存じます」と恭しく記されている。学生の身分なのに国際会議に招待され、しかも「弟子入りしたい」だとは、なんかおかしいなと感じつつも、その疑念は憧れの国に行ける興奮にかき消されてしまった。それくらいブータンは行きたくても行けなかった憧れの国。しかも交通費は自前だけど、滞在費はかからないというではないか。

tibet_ogawa096_4パロ空港

そして9月1日、ブータンのパロ空港に降り立つと「どうも!小川です」と芸人のごときテンションでゲートを飛び出した。ところが高田さんの目は宙を彷徨い、表情が凍りついている。笑顔が全くない。
「あの……小川先生ですか?」
「ええ、私が小川です。はじめまして。いやー、ブータンに来ちゃいましたよ」。
無神経なまでに僕の表情は天に弾け、笑顔にあふれている。高田さんの無愛想な態度なんて知ったことじゃない。それくらい嬉しくて舞い上がっていた。なにかの勘違い(チベット語でゴノル)だったと言われても、もう絶対に帰らないからね。と冗談で思っていたらほんとうに勘違いだったのである。

tibet_ogawa096_2高田忠典さんの施術を待つ患者
伝統医学院にて

その4ヶ月前の5月、風の達人・飯田泰也さんがブータンの首都ティンプーを訪れた際、現地の伝統医学院で鍼灸師として活動している高田忠典さんと出会い、僕の話題で盛り上がっていた。「小川さんという、日本人でありながらチベット医学を修めた凄い人がダラムサラにいるんですよ」僕と旧知の仲である飯田さんは、等身大の小川康を脳裏に浮かべながらも、やや誇張気味に話したのではないだろうか。話を正確に伝えることよりも、やや興味深く、やや面白おかしく伝えることのほうに、若干の力点を置く飯田さんのスタイルは僕と似ている。だから僕は風のガイドの先輩として、共感ともに尊敬の念を以前から飯田さんに抱き続けている。「やや」は人生を楽しくするスパイスのようなもの。ただ、今回は、そんな飯田さんのスタイルと、高田さんの「やや早とちりしがち」な性格が出会ってしまったために、「やや」の二乗によって、本質から「かなり」かけ離れてしてしまっただけのこと。歴史の転換点というのは得てしてこんなものなのかもしれない。高田さんの脳裏には、60歳くらいの風格ある日本人アムチ(チベット医)が浮かび上がっていたことを、飯田さんはまったく気づいていなかった。
高田さんが勘違いを告白してくれたのは、無事に講演が終わった1週間後のことだった(第70話)。「ビックリしたと同時に焦りましたよ。白髪の老人を待っていたら、こんな若い人が出てきたんですから」

こうして勘違いのおかげで僕とブータンの物語が始まり、ついには「風のブータン薬草ツアー」が生まれたことを、この場を借りて飯田さんと高田さんに報告いたします。ありがとうございました。

神秘的なイメージでチベット医学が日本に紹介されているせいか、同じような勘違いは日本でもよくある。2004年12月、生まれて初めての講演会「ヒマラヤの宝探し」を大阪ハービスプラザで開催したときもそうだった。70名近い聴衆は、前に立って話し始めた僕のことを風の旅行社の社員だと思い込んでいたようだ。いつ、この陽気な司会者が「では小川先生をお呼びしましょう。どうぞ!」と振るのかと待ち構えていた。しかし、その気配がないので「え?もしかしてこの人が……」と気づくまでに結構、時間を要したらしい。
講演会場に到着したとき「小川先生はまだお見えになっていないので、またお出かけください」と追い返されたことも1度や2度ではない。
しかし、最近はインターネットの検索で容姿を確認することができるので勘違いが少なくなってしまったのはなんとも残念だ。僕はみんなの「えっ!?」という顔を見るのが好きだったのに。「え!?」の数だけ人生は豊かなになる。「え!?」という瞬間にDNAに変化が生じ、人は微かな進化を遂げるのではという仮説を僕は立てている(第71話)。

tibet_ogawa096_3ティンプーの街角にて

「え!?」が切っ掛けではじまったブータンツアーには素敵な勘違い、言い換えれば、予期せぬ出会いがたくさん隠されているような予感がしています。「え!?」を見つけにブータンに出かけませんか。みなさんのご参加をお待ちしています。

小川康同行 ツアー情報


町からも近い山中での薬草探し、ブータンの医療現場見学など、小川さんと一緒でなければ体験できない企画が盛りだくさん。多くの薬草実習をこなしてきた小川さんと歩き、植物観察を楽しみながらブータンを違う視点で味わいたい、そんな方におすすめです。