第168回 スィク ~ダラムサラの動物~

雪豹がでたダラムサラの道

日が沈んだ夜の7時ころ、メンツィカン寮に戻るとルームメイトのダツェが「いま、雪豹(チベット語でスィク)が周辺に出没しているらしい。夜に出歩くのは控えたほうがいいぞ」と心配そうに教えてくれた。雪豹の存在は以前から耳にしていた。大きさは中型犬くらいで、豹というよりも精悍な山猫のイメージに近いようだ。夜行性で、人の気配を察すると姿を消すことから、直接、その姿を目にした人はほとんどいない。特に小犬が狙われやすく、「キャン!」と犬の叫び声が聞こえた次の瞬間には、すでに連れ去られている。いままで人が襲われた話は耳にしないが、万が一、出くわして襲われたら、逃げる術はないので観念したほうがいいと教わった。なにしろ鋭く長い爪をもち、3m近い跳躍力があるので人間が逃げ切れるはずはない。大型犬のシベリアンハスキーは雪豹との戦いで、全身に傷を負い瀕死の状態で発見された。そうして間接的にしか、われわれは雪豹の恐ろしさをはかり知ることができない。そして、2007年の秋、タクシー運転手が夜間、雪豹となんどか遭遇したことからダラムサラに注意報が発せられたのである。

こう記すとダラムサラツアーに参加する方々が恐れおののきそうなので、つづいて平和な動物たちを紹介したい。まずはインドの神様、牛(第64話)。インドではあたりまえのように牛が道を闊歩している。したがって道には牛糞がたくさん落ちているので歩くときは十分にご注意を。一応、それぞれ所有者はいるらしく、ブラブラと歩いているのは雄牛とのこと。貴重なミルクを提供してくれる雌牛は牛舎につながれている。神様とはいえ、ついつい野菜売り場の商品を食べてしまうと、インド人から容赦なく蹴られてしまう。また、家庭の生ごみを美味しそうに食べてくれるので、牛はすばらしくエコな動物だといえる。牛を殺したらインドの法律で殺牛罪として罰せられるが、水牛は例外なので、たまに水牛肉(バフ)がチベット社会だけでこっそり出回っている。ちなみにチベット人にとって絶対に禁忌な食材はない(注)。

ガッディ

羊やヤギの放牧には普通に出会うことができるので『アルプスの少女ハイジ』ファンにはたまらない。マクロードより少し山に上がると、いまでもガッディと呼ばれる山岳民族が羊とヤギの遊牧で暮らしている。マクロード地域はもともとはガッディの人たちの暮らす地域だったそうだ。ちなみにインドでマトン(羊肉)と言う場合、だいたいはヤギ肉を指している。僕は匂いがきついヤギ肉が最後まで苦手だった。

ラングーン

意外なところでは、マングース(ジャワ・マングース)がいる。だからダラムサラには蛇が少ないのかと納得した。すばしっこいために、なかなか写真に収めることができなかった。よく顔をみると素晴らしく怖い顔をしているらしい。しかし2010年あたりを境にすっかり見かけなくなったのはどうしてだろう。

街の電線や屋上を見上げるとたくさんの猿がいる。店の野菜を盗んだり、買い物袋を奪ったりと狼藉の限りをつくす厄介者である。しかも、女性や子どもだけを狙うしたたかさも持っている。なんでも1990年ごろから外国人観光客が増えるにつれて猿が住みついたらしい。ニホンザル系のほかにラングーン系の黒い猿もいて、こちらは人間に悪さをせず愛らしい顔をしているので人気が高い。マクロードから少し山を登ったところにいる。

動物ではないが、意外なところでは蠍(サソリ)がいる。大きさは5センチほど。仮に刺されても大きく腫れる程度だと言われている。ある日、メンツィカン男子寮で蠍が出て大騒ぎになった。蠍とはいえ、仏教の精神にのっとり、慎重に捕獲し森の中へ離してあげたのはさすがチベット人といえる光景であった。

さて、話題がほのぼのとしたところで、最後に話を雪豹に戻そう。ある日のこと。日本の知人T君が「今朝、雪豹をこの目で見たんだ」と興奮しながら教えてくれた。早朝、4時ころに眼が覚めて、まだ薄暗いベランダで煙草を吸っていた。そのとき、親子と思われる三頭の雪豹が道路を歩いてきたというのである。マクロードから少し下った、現在のチャリティーハウスの前である。あきらかに犬とも猫とも違う、野性味あふれる精悍な姿にしばし見とれてしまった。息をこらし、約20mの距離から雪豹が去っていくのを静かに見守ったと彼は語ってくれた。

夜、ダラムサラの道を歩くとき、もしかしたら森の中から雪豹があなたをじっと観察しているかもしれませんよ。お気をつけて。


宗教上の理由ではありませんが、チベット人は一般的に魚はあまり食べません。特に頭のついた魚、煮干しなどは嫌われます。

参考1
ダラムサラの動物を語らせたら在住25年、森に暮らすマリア・リンチェンさんの右に出る人はいません。仏教の話のついでに、是非、質問してみてください。


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