第325話 メントク~薬草採取~チベット医・アムチ小川の「ヒマラヤの宝探し」

ヨモギ

長野県内のいくつかの小学校では、5月になると全校をあげてヨモギ摘みが行われる。平成28年、その中の一つの小学校で取材をさせてもらい、まずは保護者への配布文書を見せていただいた。タイトルに「ヨモギ採りのお願い」とある。

野山の新緑が美しい季節となりました。保護者の皆さまはいかがお過ごしでしょうか。さて、本校では、毎年児童会活動の一環として、「ヨモギ採り」の活動を実施しております。休日ではありますが、お近くの野山に出かけられて、春いっぱいの中でお子さんとヨモギ採りをしていただければと思います。集められたヨモギは、業者に買い取っていただき、車イスを購入し老人施設に寄付したり、1年生に贈る校章バッチを購入したりする予定です。どうぞ、ご協力をお願いいたします。

期間(採取日・提出日)

1回目 採取日 5月14日、15日  提出日 16日月曜日の朝

2回目 採取日 5月28日、29日  提出日 30日月曜日の朝

ヨモギの採り方・提出の仕方

(1)ヨモギの先端から10センチメートル位の若い葉の部分を採るようにしてください。

(2)ヨモギを採った後、袋から出して広げ、草や虫、硬い茎などをきれいに拾い出してください。(ヨモギは主に草餅などの食用にされます。)

(3)陰干しにしておいて、月曜日の朝スーパーの袋などに入れて持参するようにしましょう。(スーパーの袋に入れたままだと、蒸れて黒くなります。黒く変色すると引き取ってもらえません。また、陰干しでしおれていても水は打たないで下さい。)

(4)朝登校したら、体育館へ提出します。(代表委員会の児童が計量・記録します)

(5)入れてきたスーパー袋は、各自で家へ持ち帰ります。記名をお願いします。

(6)ヨモギの様子によっては、時期を変更して行う場合があります。

この案内文、上から目線の物言いで申し訳ないが100点満点です。そして採取日当日、付近の山でヨモギを採っている家族を見かけた。怪しまれない程度に車を減速して観察すると、子どもは遊んでいて両親が必死に採取している様子が見てとれた。他所から引っ越してきて土地に詳しくない児童は、地元出身の生徒が声を掛け合って一緒に出かけているという。ある父親は提出日の朝4時に起きて子ども三人分のヨモギを採取していた。子どもの課題というよりは、案内文書にあるように家族全員の課題であり地域全体の思い出作りといえる。

ヨモギ摘みの様子

60歳女性は20年前を振り返り、近所の子どもたちを引き連れてヨモギを採取するのを楽しみにしていたと語ってくれた。当時、一緒にヨモギを採取した27歳の男性にインタビューすると、開口一番「ヨモギの採りあいで友達と喧嘩になっちゃったよ」とそれは辛くも嬉しそうに、採取した日のことを詳しく語ってくれた。

いよいよヨモギの提出日、子どもたちはパンパンに膨れたスーパーの袋を二つもって登校してきた。小学校1年生も6年生も同じ分量なので、低学年の子どもの袋は一段と大きく見える。体育館には大きな青いビニールシートが敷きつめられていて、すでにヨモギの匂いが充満していた。順番にヨモギの重量を計測し名前を記入していく。少なめの児童はちょっと照れ笑いを浮かべているのが可愛らしい。僕もメンツィカン時代のヒマラヤ薬草採取で採取量が少なかったときのことを思い出した。提出が終わるやいなや青果業者が凄い勢いでトラックにヨモギを積み込みはじめた。「話を聞かせてもらえませんか」とお願いすると「忙しいんだよ。午前中に他の5校のヨモギを回収しなきゃなんないんだから」と怒鳴られた。それでも「ヨモギはどこへ行くんですか」と食い下がると「都内で売られる草餅になるんだよ」と手を休めることなく乱暴に答えてくれた。「かつては多くの学校でヨモギ採取が行われていたが、いまでは長野上田地域では6校だけになってしまったよ。この小学校は最近収量が少ないね」と皮肉の一つを言い放つと走り去っていった。

手作り草餅

信州のヨモギは香りがいい。これはなにも身内びいきの意見ではない。ヨモギの香り成分であり抗菌作用を持つシネオールは標高が高くなるにつれて濃くなることがわかっている(注1)。確かに低地のヨモギは香りが弱い。逆に極端な例として標高3500m以上のヒマラヤのヨモギの一種は香りが強すぎてとても食用には向かないのでお香の原料になっている。その意味では標高600m近辺のヨモギの香りが程良く食用に向いているのだろう。

手作りのお灸

ヨモギ、ゲンノショウコ、ドクダミ、オオバコ、これら民間薬はずっといままで児童や高齢者のお小遣い稼ぎとして、それは言い換えれば奉仕活動的な貢献のうえに成立してきた一面がある。平成29年4月の時点で乾燥ヨモギ1キロ当たりの買い取り価格は310円(注2)。乾燥1キロということは生葉で約8キロ。8キロ採取するためには最低でも1時間はかかる。さらにヨモギを広げて乾燥、異物除去の手間を考えると時給換算で高めに見積もって200円となる。仮に子どもたちや高齢者の労働を時給900円くらいで換算したとすると国産草餅は一個500円くらいになりそうだ。
しかし残念なことに前述の小学校では3年続いたコロナ禍の期間の中止に引き続き、今年2023年もヨモギ採取は行われなかった。このまま薬草採取の風習は途切れてしまいそうな雰囲気である。生薬輸入の9割近くを依存している中国国内においてもコロナの影響によって生薬収穫量が減ったために、日本への輸出を制限し、その結果、一部の医薬品に欠品が生じている。また、コロナ禍にはじまったことではなく、あらゆる品目において薬草採取栽培の高齢化は進んでいるために日本国内における薬草自給率の低下は著しい。(注2)。

野ばらの花弁を採取するメンツィカン学生 2003年

いっぽうチベット薬が安価な背景には、医師、医学部生自らが薬草を採取し、さらにその姿勢によって医師としての信頼を得られる文化が根づいているがゆえである。その意味では高齢者、児童たちに代わって日本の医薬学部生たちがヨモギをはじめとしてドクダミ、ゲンノショウコ、キハダなどの薬草採取を担い、せめてその代価として薬草植物学または東洋医学の単位とする文化が根づけばと僕は真剣に考えている。ちなみにチベット語で薬草採取のことをメン(薬)トク(獲得)という。最後に、信濃毎日新聞の読者投稿欄に素敵な記事をみつけたので紹介したい。

(前略)あれは幼かったころ、4月の春祭りが近づくと、学校から帰った子どもたちは野に山に出ては蓬摘みをさせられた。そして祭の日、大きな臼で搗いた草餅をほおばりながら、重箱に詰めた草餅を隣村の親戚まで届けるのも役目だった。母方の婆ちゃんが「よく来たな」とくれたお駄賃こそ、今も忘れられないうれしさだ。(後略)
(長谷部三枝 85歳 長野市)2016年4月12日みなさん、5月になったら信州にヨモギ摘みにいらしてください。お待ちしています。

野草採取中(親子教室にて)

注1 参考『もぐさのはなし』(織田隆三 森ノ宮医療学園出版部 2001)

注2
薬草自給率は1985年→2012年で次のように変化している。
当帰77→24%  黄檗38→3%  葛根17→0.02%  黄連50→3%
芍薬38→3%  ドクダミ84→18% ゲンノショウコ55→6%
参考『生薬学 第3版』(北川勲 他 廣川書店 1990)
「原料生薬使用量等調査報告書」(日本漢方生薬製剤協会 平成25年)

 

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