特別記事

-チベット高原とモンゴル大草原- 遊牧民としていきる

 
チベットの遊牧民
標高4,000m以上の地で放牧をするチベットの遊牧民

短い夏と寒い冬。チベットやモンゴルの厳しい自然環境の中で暮らす遊牧民。その伝統的な暮らしに見る“いきる知恵”を探してみようと、東京本社モンゴル担当の山田 yamada 、元・風の旅行社ラサ駐在員の村上大輔さん(現・駿河台大学講師)murakami 、アムド(*注)の現地パートナー、グリ・ツェディンさん Guri に聞いてみました。伝統的かつ代表的な遊牧民の一端のみではありますが、そこには“いきる知恵”が詰まっていました。


アムド G

現地旅行社社長
グリ・ツェディンさん
チベット M
チベット 
元・風の旅行社ラサ駐在
村上大輔さん
モンゴル Y

風の旅行社東京本社
山田基広



遊牧民の1年間の生活スタイル

モンゴル Y 移動式住居「ゲル」と家畜と共に四季を通じて遊牧します。放牧のメインである夏は家畜を肥やすために数回移動しながら、日々乳製品作りなどをします。秋直前には草刈りにフェルトや家畜小屋を作り冬の備えに忙しくなります。極寒の気候にむけ家畜を鍛えるためにあえて標高の高い寒いところへ移動することもあります。冬は家畜が越冬できるよう山の陰でのんびり放牧をし、家畜の出産シーズンが落ち着く春まで滞在します。

ヤクテント
ヤク毛で織られたテント(ダムシュン地方)
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チベット M チベット高原の遊牧民には四季がありません。大きく分けて夏期と冬期の2シーズンになるのです。夏はテントを張りながら、ヤクや羊などの家畜とともに、あちこち遊牧に行きます。冬はテントではなく、土煉瓦で作られた家に住みます。その場合、家畜は1階に、人間は2階に住みます。チベット高原の草原は非常に寒いので、家畜も家の中に入れることも多いです。特に「半農半牧」の家庭では、普通に家に住んでいます。また冬には、巡礼に出かける遊牧民が多いです。

アムド G 夏の間は放牧をしながら生活します。早朝、起床したらジー(メスのヤク。チベット自治区ではディ)の乳を搾ります。絞ったミルクを攪拌機に入れバターやチーズを作る準備をします。夏の間に作り置きしたバターやチーズは冬にも使うので、夏にはたくさん作っておきます。その他、ヤクや羊の毛で毛糸を作ったり、ヤクのフンを集めたりと、夏は忙しくなります。冬は夏と違い、わずかな草を求めて放牧もしますが、ヤクのフンを集めるくらいで、仕事はほとんどありません。


モンゴル・チベット・アムドの位置


冬場はどうしているの?

モンゴル Y 冬場も放牧をします。けれど、厳しい冬のモンゴル。多くの家畜は秋に用意した干草やわずかに残る草原の草では生き残れず、死んでしまうことも少なくありません。食料のたくわえは生死に関わる問題です。そのため、家畜が最も肥えている秋に家族で冬を越せるだけの家畜を屠殺し、干し肉などにして冬越しの準備を進めます。夏に大量に用意する乳製品ももちろん重要な保存食のひとつです。
ちなみにモンゴルの冬の寒さは半端なものではなく、−40℃近くまで下がるため、冬の遊牧先は北風を遮ることができる山のふもとなどとなります。この越冬先は夏と異なり、屋根付きの家畜小屋のようなものがあることが多く、放牧後の家畜はそこに集められて身を寄せ合って寒さをしのいでいます。生まれたての家畜は家族の寝るゲルに保護されることもあります。1つゲルの中に5~6人の家族と小さな家畜のいる光景は冬のモンゴルらしい光景のひとつと思います。

冬のモンゴル
厳しい冬を過ごす家畜たち
冬のモンゴル
燃料となる糞拾いをする子供
冬のモンゴル
生活があるゲルの中はいつも温かい


チベット M 冬場には巡礼に出かける遊牧民が多いです。ラサなど中央チベットにまとめて巡礼するのです。個人や家族単位で巡礼に行くことが多いですが、なかには村ごと(草原ごと?)巡礼に来る遊牧民もいます。彼らは巡礼のあいだ、商売もしたりします。ヤクや羊の毛皮などは高価な値段で売れるのです。巡礼に行かず家畜とともに留守番の遊牧民たちは、正月を迎える品々や都会のものを持ってくる家族の帰りを待っています。

アムド G 冬は基本的に家で過ごしますが、放牧は続けます。食糧は、夏に作ったバターやチーズ、肉、そしてツァンパです。寒いので、骨を煮込んだ温かいスープなどをよく飲みます。


遊牧民の知恵が詰まっている物・事

モンゴル Y 夏はすずしく、冬は暖かいゲルでの生活そのものに遊牧生活の知恵の全てが詰まっています。
ゲルは簡素なつくりで移動に便利であり、生活必需品の多くが自然から調達可能。燃料は家畜のフン、壁はフェルト、馬の尻尾の毛を編んで作る紐、などほとんどが自然の中でまかなえるような構造になっています。

チベット M テントの生地はヤクの毛から作られます。晴れた日などにはとても乾燥しますので、テントには細かな隙間がたくさんできます。その隙間から涼しい風が入ってきます。雨が降ると、保水性の強いヤク・テントは、水をたくさん吸いこむことになります。しかし、それにより隙間が埋められ、雨がテントの中に入ってこないようになるのです。あともうひとつ、知恵というにはあまりに当然すぎるのかもしれませんが、「定住民」ではなく「遊牧民」であることからくる心の開放感があります。私は、家があるのにわざわざテントに住む元・遊牧民のチベット人がラサにいるのを知っています。

アムド G まず保存食のヒャルガム(ビーフジャーキー)です。生肉の保存方法としては、夏、地下に穴を掘って入れておいたりします。
 燃料はヤクのフンを使います。これは背中に背負った籠にヤクのフンを熊手ですくって集めていき、その後ビニールシートに手で延し広げて乾かしておきます。家で生活する遊牧民は塀につけて乾かしたりします。食べた草がちょうどいい分量で混ざったヤクのフンは、石炭のように長く燃え、とてもいい燃料です。

知恵が詰まった遊牧民の暮らし
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暮らしの変化

モンゴル Y 遊牧民のゲルの横にはたいていオートバイがあり、家畜の追い方がオートバイになってきています。また、有線設備が発展するのが難しいモンゴルでは、携帯電話の普及率が高まり、お互いにゲルを訪問し合わなくても携帯電話で連絡を取り合うこともしばしば。もうひとつ、草原に跡継ぎの若者が減り、年齢層が高くなりつつあります。

チベット M 一番の変化は、冬虫夏草の大流行です。冬虫夏草は滋養強壮の薬として漢民族の間で非常に重宝され高く売れるため、毎年5~6月に遊牧民たちは冬虫夏草を捕りに草原へ繰り出します。学校もこの期間は休みになります。遊牧の仕事は肉体的に過酷なので、冬虫夏草で一攫千金をねらうチベット人の若者が増えてきています。年配の遊牧民たちは、経済的に豊かになるのを歓迎しつつも、こうした最近の若者の動向を非常に心配しています。また冬虫夏草の領地争いをめぐるトラブルも後を絶たず、チベットの遊牧世界において一種の社会問題となっています。

アムド G 放牧だけにたよって生活する遊牧民は少なくなっています。最近は遊牧民でもビジネスをしたりして生計を立てるところが多くなりました。また、伝統的に手で行っていた作業は、今では機械に頼ることが多いです。(バター・チーズ作り、バイク・車など)
もうひとつ、いなくなった羊などを探すのに昔は大きな声で向こうの山まで呼びかけていましたが、今は携帯電話で連絡します。


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草原と高原、生活環境は異なりますが、“生活必需品の多くが自然から調達可能”な遊牧民の暮らしには、多くの共通点がありました。暮らしの変化はありますが、今もかの地で放牧している彼等に、いつか会いに行ってみて(来て)ください。


*アムド……チベット高原北東部に位置し、中国甘粛省の甘南チベット族自治州と四川省のアバ・チベット族羌族自治州、および青海省のほぼ全域に広がる。


風通信」 48号(2013年11発行)より転載