ブータンの古道マッドマン・トレイル(トランス・ブータン・トレイル)をあるく

ブータンの古道をあるく

ブータンにはハイキングを楽しめるスポットがいくつもあります。
タクツァン僧院や、子宝の寺院チミ・ラカン等、古刹名刹を訪ねるハイキング・コースはもちろん、東西ブータンを結ぶ交易路トランス・ブータン・トレックなどなど。
ブータンに来たら、観てたのしむ観光だけでなく、ブータンの歴史や民俗をはぐくんできた「道」を歩くと、よりブータンが身近に感じられるでしょう。

今回は、かつての冬の首都プナカ郊外でできるハイキング・ルートをご紹介します。

古道を歩いてブータンの歴史を感じよう!

古道を歩いてブータンの歴史を感じよう!

コロナが収束し新たな政策のもと、観光客の受け入れを始めたブータン。その目玉企画が「トランスブータントレイル(Trans Bhutan Trail)」です。西はハから東はタシガンまで全長約403㎞。1960年代以降にブータンを東西に横断する車道が開通し、ほとんど使われることのなくなっていた古の道を復活させようという一大プロジェクトです。すべてを歩くと約1か月かかるというトレイルは村と村を結ぶ生活の道であったり、聖地を訪ねるために巡礼路であったり、モノや人を運ぶ交易路であったり、用途はさまざまでした。

トランス・ブータン・トレイルは、ブータンの西部ハと、東部のタシガンとを結ぶ古い街道(交易路)です。
かつては首都ティンプーと冬の首都プナカを結んでいたので、ブータン国王やブータン仏教の頂点であるジェ・ケンポも行列を仕立てて移動していました。

ティンレイガンからチャンダナへ

コースを全部歩いてみたいのはやまやまですが、日数がかかるので、あまり現実的ではありません。そこでトランス・ブータン・トレイルを一部だけ、プナカ郊外のティンレイガンから始まる、マッドマン・トレイルを歩いてみましょう。このマッドマン・トレイルは、ブータンにいくつかあるハイキング・コースの中でも、歩きやすいコースのひとつです。森林の小径をゆくので、あまり景色は期待できませんが、いにしえから近代まで、ブータン人が歩いていた状況を思い浮かべながら歩けば感慨もひとしおです。

マッドマンは英語で綴ると madman。そしてmadman とはチベットの聖人ドゥクパ・クンレイを指します。madman を直訳すると、ネガティブな表記になってしまいます。ここでは「破天荒な・・・」というニュアンスで捉えたいと思います。
ドゥクパ・クンレイはチベットの聖人で、のちにブータンに渡来して悟りの奥義を広めました。ブータンでは、弓矢を携え猟犬を従えた姿で描かれていることが多い人物です。
彼の「破天荒」な生きざまは、ブータン人に大人気です。酒と女性をこよなく愛し、とくに女性にまつわる逸話の多いドゥクパ・クンレイは、もともとはチベット西部の僧でした。彼がチベットから射た矢が、チャンダナという集落の階段に刺さったという伝説があり、こう続けられます。
-木の階段に刺さった矢は、誰も抜くことができませんでした。ドゥクパ・クンレイは、矢が落ちたチャンダナを訪れました。折しも誰も抜くことができなかった矢を、村人の妻である女性が抜くことができました。ドゥクパ・クンレイはその女性に言い寄り、自分の「彼女」にしてしまいました。当然のことながら、彼女の夫は怒り心頭、刃物でドゥクパ・クンレイを殺そうとしましたが、ドゥクパ・クンレイは法力でその刃物を破壊しました。それにより女性の夫は萎え、自分の妻を差し出しました。男女和合を悟りの妨げとせず、寧ろ悟りへの過程とする教えはとくにブータンに浸透し、ブータン人に建物の壁に男性のシンボルを描かせるようになりました。民家などの軒下に男性のシンボル(ポー)が吊るされていることも、突き詰めてゆけばドゥクパ・クンレイに行き当たるとされています-

ティンレイガンの集落から、急な山道を下り、ドゥクパ・クンレイの矢が刺さった階段があったという、チャンダナへと向かいます。

道中、トランス・ブータン・トレイルを示す標柱があります。

トランス・ブータン・トレイル上に設置された標柱。劣化が激しい。

トランス・ブータン・トレイル上に設置された標柱。劣化が激しい。

放牧シーズンの春~夏であれば、村人に放牧に連れていかれるウシやウマと出会えるチャンスがあります。

放牧に連れていかれるウシやウマに出会えるかも。

放牧に連れていかれるウシやウマに出会えるかも。

これはミタン種のウシ。気が荒いので近寄らないで!

これはミタン種のウシ。気が荒いので近寄らないで!

山あいの猫の額のような平地にチャンダナ村があります。

ドゥクパ・クンレイゆかりのチャンダナの集落が見えてきた!

ドゥクパ・クンレイゆかりのチャンダナの集落が見えてきた!

「緑のにおい」を嗅ぎながら、「谷あいをわたる風」を感じながらあるきましょう。

「緑のにおい」を嗅ぎながら、「谷あいをわたる風」を感じながらあるきましょう。

チャンダナ村にはトゥエプ・チャンダナ・ラカンというお寺があります。管理人あるいは僧侶がいる場合、本堂の拝観ができます。

チャンダナ村に建つトゥエプ・チャンダナ・ラカン。長いポールには経文旗が掲げられています。

チャンダナ村に建つトゥエプ・チャンダナ・ラカン。長いポールには経文旗が掲げられています。

左側にはサン(お香の植物)を焚く竈があり、右側のお堂ではバター灯明が灯されています。

左側にはサン(お香の植物)を焚く竈があり、右側のお堂ではバター灯明が灯されています。

また、お寺の向かい側に建つ民家の仏壇には、ドゥクパ・クンレイがチベットから射た矢が刺さったとされる木の階段が祀られています。家人がいる場合は、仏間に案内してくれます。木の階段は、仏壇に大切に保管されています。

ドゥクパ・クンレイが放った矢が刺さったとされる木の階段が仏壇に祀られています。

ドゥクパ・クンレイが放った矢が刺さったとされる木の階段が仏壇に祀られています。

プナカ郊外➀マッドマン・トレイル(前半)

チャンダナ村を後に、いよいよマッドマン・トレイルへと歩を進めましょう。

チャンダナ村の小さな田圃。ハイキングコースの入口は村はずれにあります。

チャンダナ村の小さな田圃。ハイキングコースの入口は村はずれにあります。

チャンダナ村の村はずれにあるチョルテン(仏塔)からマッドマン・トレイルに入ります。

チャンダナ村の村はずれにある小さなチョルテン(仏塔)。マッドマン・トレイルの入口です。

チャンダナ村の村はずれにある小さなチョルテン(仏塔)。マッドマン・トレイルの入口です。

森林浴をしながら、古道を歩きます。車が通れる道路の建設が始まった1960年代までは、この街道上を人馬が行き来していました。季節によって低地↔高地を住み分けるトランス・ヒューマンという風習は、ブータンでは最近まで一般的でした。

西のハと東のタシガンを結ぶトランス・ブータン・トレイルの一部マッドマン・トレイルを歩きましょう。

西のハと東のタシガンを結ぶトランス・ブータン・トレイルの一部マッドマン・トレイルを歩きましょう。

[caption id="attachment_506632" align="alignnone" width="1280"]尾根を回りこむと、木々の切れ目から「下界」のようすが俯瞰できます。 尾根を回りこむと、木々の切れ目から「下界」のようすが俯瞰できます。

夏草の時期などは道が判然としない箇所もありますが、ガイドが道を示してくれるので安心。

夏草の時期などは道が判然としない箇所もあります。

夏草の時期などは道が判然としない箇所もあります。

森林が開けて、眼下に集落が見えました。昔の人も、こうした風景を見て、ほっと一息ついたのかな。

森林の切れ目から見えた集落。先人たちはこうした景色に何を思ったのでしょう。

森林の切れ目から見えた集落。先人たちはこうした景色に何を思ったのでしょう。

谷の反対側に車が通る道がくっきり見えてきたら、あとひといき!

谷の反対側に車の道路が見えた!

谷の反対側に車の道路が見えた!

前半のゴールはラプツェカ。ここでランチをとります。

ラプツェカの公園でランチタイム。お弁当ではなく、鍋釜持ち込んでホット・ランチが供されます。

ラプツェカの公園でランチタイム。お弁当ではなく、鍋釜持ち込んでホット・ランチが供されます。

プナカ郊外➀マッドマン・トレイル(後半)

ランチを食べて、休憩したら、コースの後半を歩きます。
前半は、自然の中でのハイキングでしたが、後半は一部、人の生活圏を歩きます。
農村の脇を歩いたり、人家の近くを歩いたり、村人とお話もできるかもしれません。

光と影に縁どられた棚田が見られるのも後半コースの特徴のひとつです。

こんなにも美しい棚田が見られたりします。季節によって違う顔を見せてくれます。

こんなにも美しい棚田が見られたりします。季節によって違う顔を見せてくれます。

野良仕事を終えて家路をたどる村人に会えたりします。今回、背負子を背負ったおばあちゃんに会いました。こういうシーンがブータンの「原風景」なのかもしれませんね。
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おばあちゃん、御精が出ますね。

おばあちゃん、御精が出ますね。

田起こしの途中でしょうか?野良仕事の手を休めて、ちょっとシャイなおにいさんたちが微笑んでくれました。

おにいさんがた、おつかれさまです!

おにいさんがた、おつかれさまです!

民家のすぐそばを通りました。

マニ車の祠がありました。マニ車は、側面に真言(マントラ)が刻まれ、内部には経文が入っており、一回まわすと一回読経したことになるという転経器。身口意のうち、「口」の象徴である読経に特化した仏具です。個人で持ち歩くタイプのものもあれば、動力で動くマニ車、風力で動くマニ車、水力で動くマニ車もあります。このマニ車は水力、つまり川の流れを利用して回しています。

沢の水がマニ車を回すマニ・チュコル。一回回るとお経を一回唱えたことになります。

沢の水がマニ車を回すマニ・チュコル。一回回るとお経を一回唱えたことになります。

道の真ん中に土塀のような建物?が見えてきました。これもチョルテン(仏塔)のひとつです。時計回りに一周してみましょう。功徳が積めるかもしれませんよ。
[caption id="attachment_513638" align="alignnone" width="1280"]長塀のような建物。これもチョルテン(仏塔)です。旅の安全を祈りながら時計回りに回ってみましょう。 長塀のような建物。これもチョルテン(仏塔)です。旅の安全を祈りながら時計回りに回ってみましょう。


長塀のようなチョルテン(仏塔)の莟には、仏像や真言が刻まれた板が奉納されていました。手前にある円錐形のものは、個人で奉納する仏塔を模したお供物です。
長塀のようなチョルテン(仏塔)の莟。何が奉納されているか、見てみましょう。

長塀のようなチョルテン(仏塔)の莟。何が奉納されているか、見てみましょう。

プナカ・ゾンが見えてきました。もうすぐゴールです。プナカ・ゾンは「父なる川(ポチュー)」と「母なる川(モチュー)」の合流点に建てられています。ブータン建築の粋を集めた美しいプナカ・ゾンを堪能して、ハイキングを終えましょう。

左の白い仏塔は、門のようにくぐります。右の木立の中にプナカ・ゾンが見えてきました。

左の白い仏塔は、門のようにくぐります。右の木立の中にプナカ・ゾンが見えてきました。


「父」の川と「母」の川に抱かれたブータン建築の粋を集めたプナカ・ゾン

「父」の川と「母」の川に抱かれたブータン建築の粋を集めたプナカ・ゾン

以上、古道を歩くツアーのハイキング・コースをご紹介しました。森林浴をしながら、先人の踏み固めた古道を歩き、自然あふれる景色を堪能しに行きましょう。今回のルートはトランス・ブータン・トレイルのほんの一部です。いつか、東西ブータンの生活と文化をつなぐトランス・ブータン・トレイルを歩くツアーを、もっと作ってゆきたいと思っています。

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