ラサからです

つむじかぜ264号より


ラサの空は青い。雲は少なく凛とした透明感がある。気温は零下でも、風もあまりなく太陽が心地よい。北京、蘭州、西寧と経由してきたが、何処も靄が掛かってどんよりとした灰色の空ばかりだった。だから、その青さを一際鮮明に感じたに違いない。

ラサには21日の夕方5時半に到着した。西寧から青蔵鉄道で約24時間。列車がラサに入って左手にポタラ宮が見えてくるとジーンと感慨がこみ上げてきた。実に14年ぶりのラサである。

私は高所に弱い。今回は列車の中で軽い運動を入れ深呼吸もしながら水分を十分補給し、時間をかけて順応してきたからか、ラサについてからも頭痛もなくすこぶる調子がよい。ダイアモックスも、夜中に二度、三度とトイレに行くのは大変だが、かなりの効果があると改めて実感できた。

街は2008年の3月の“暴動”の痕跡がすっかり薄れ活気に溢れている。すっかり大都会に変貌したラサは、表通りはあまり他の街と変わらない。しかし、デカンホテルから路地を抜けて大昭寺に向うと、昔とさほど変わらないラサの顔が見えてきた。夕方の大昭寺の正面は、五体投地をするチベット人で埋め尽くされていた。ラサの街は元気である。

私の、ラサ訪問の目的は、風のチベットを一緒に作ってきたTIBET NAKQUYUNG DRU ADVENTURE(略称TNY)とミーティングをすることだ。土登(トゥプテン)社長とはかれこれ18年のお付き合いになる。はじめに、この18年の間、チベットにおいては、高山病で死亡したお客様を一人も出さなかったことにお礼を述べた。

土登社長は、それは日本の風の旅行社が、高山病に関して真剣に取り組んで来たことと、TNYのスタッフの経験と努力の賜物であり、今後も、これを大切にしたい。とおっしゃってくれた。私も全く同感である。実際、毎年このチベットでは高山病で日本人が何人か亡くなっているから、油断は許されない。

TNYのスタッフは、遠慮深げに話をしてくれたが、とても明るい笑顔が印象的だ。あれこれ今までのことを振り返りつつ新しいことにも挑戦したい。そんな話をした。漸く、情勢が落ち着いてきたこのチベットでどんなことができるか。話は尽きない。

★弊社代表取締役原優二の「風の向くまま、気の向くまま」は弊社メールマガジン「つむじかぜ」にて好評連載中です。

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