映画鑑賞

随分前にAmazon prime videoを見るためにFire TV Stickというものを買ったが、つい面倒でそのまま設定もしないでほったらかしになっていた。そもそもAmazon primeの会員に自らなった覚えはないのだが、会費が引き落とされていることに、これまた随分前に気が付いた。多少、買った物が早く着いたところで意味はないので解約しようと思っていたら、会員は映画が見放題になる特典があると教えてもらいそのままを継続している。

そのFire TV Stickを10/31の日曜日に設定した。何故なら、先日ご紹介した『キネマの神様』(原田マハ著 文春文庫)に登場した『ニュー・シネマ・パラダイス』(Nuovo Cinema Paradiso)をどうしても見たかったからだ。映画好きで少々狡賢い少年トトと、朴訥とした映写技師アルフレードの物語である。シチリア島の小さな村の唯一の娯楽は映画。トトに限らず村の老若男女はみな映画を生活の一部にしている。トトはアルフレードの仕事場に潜り込んでは映写機の使い方を覚えてしまう。ある事件の後、トトはアルフレードの跡を継いで映画技師になるが、アルフレードはトトに“村を出て戻ってくるな、大きくな世界で生きていけ”と説く。そして、トトは村を出て映画の世界で成功する。

映画は、テレビやビデオに押されて廃れてしまうかと思いきや、シネマコンプレックスなどが次々とできて映画は今も庶民の中心的な娯楽である。一方で、そのシネコンは名画座を廃業へ追い込む要因にもなった。そんな哀しい話が『キネマの神様』には出てくるが、私も、学生の頃は名画座ばかりに行っていた。

一回だけ5本立てに行ったことがある。本間優二主演の『十九歳の地図』と、題名は忘れたが市原悦子主演の映画はまだ記憶にある。その他は忘れてしまったが、5本ともかなり重苦しい映画だったことは確かだ。朝から晩まで映画館で過ごし、外に出たら当然だが夜になっていた。当時の私にとって映画は、楽しむというより考えるために観るという感じだった。今から考えれば、それで文学青年になったようなつもりで悦に入っていたに過ぎない。『変身』『カラマゾフの兄弟』『ツアラツストラはかく語りき』『純粋理性批判』『死に至る病』。こんな本ばかり読んでいるとそんな気分になるのかもしれない。

最近はもうそんな疲れることはしない。涙がジワっと出てきて心温まる映画や本がいい。単純なアクションものも好きだ。相変わらず、家に帰るのは早いので映画がたっぷりみられる。下手をすると2本立ても可能だ。幸か不幸かこの与えられた時間で、もうしばらくは名画をゆっくり楽しみたいと思う。

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