第4話 アムチ・ティンレー・ヤルジョル先生[LADAKH]

アムチとは、チベット語(正確に言うとモンゴル語)で医者の意味。
アムチ・ティンレー・ヤルジョル先生とは、2002年にカトマンドゥで開催されたチベット医学の国際会議で知り合い親しくなった。おととしレーで再会し、今回、二年ぶりに会った。

アムチ・ティンレー・ヤルジョル

私 先生お久しぶりです。いま、駐在日記でいろいろなラダック人を紹介してるんですが、先生のことも紹介したいので、まずは自己紹介していただけせんか?
アムチ・ティンレー・ヤルジョル(以下 ア) わたしは、40才で、現在、(レー近郊の)チョグラムサルにあるCentral Institute of Buddhism Studiesでチベット医学を教えています。

私 チベット医師の家系でしたよね?
ア はい、わたしで14代目になる古い医師の家系です。弟も村の医師です。

私 どうして医師になろうと思ったのですか?
ア 自分の意志でなろうとしたというよりも、小さいときから祖父や父の診療活動に接していて医師になるのが当たり前の環境に育ったせいかと思います。

私 ダラムサラのメンツィカン(チベット医学校)を卒業したそうですがどういうきっかけでメンツィカンに行くことになったのですか?
ア まだわたしが若いころ、祖父や父はラダックでは著名な医師でした。外国の援助団体が、ラダック人やそのほかのヒマラヤのチベット系住民をダラムサラにあるチベット難民のメンツィカンに送る支援活動をしていました。このときかれらの活動に協力していた祖父のおかげでわたしがダラムサラのメンツィカンへ行くラダックの医学生に選ばれました。わたし以前に、メンツィカンで学んだラダック人は一人だけでした。わたしが卒業してから、いままで5人のラダック人がメンツィカンを卒業しています。

私 ラダック語とチベット語は、発音が違うので授業についていくのは大変だったのではないですか?
ア ええ、最初の数ヶ月は、先生や学友の言っていることがわかりませんでした。でもテキストは、同じつづりなので読めました。数ヶ月でチベット語の発音に慣れたので授業についていけるようになりました。

私 メンツィカンを卒業後、ラダックに戻られたのですね。
ア はい、最初の一年間は、チョグラムサルにあるチベット難民居住区のチベット医院で仕事をしていました。その後、祖父がレー市内に開いた私立病院で診療したり、またLedegという環境NGOでチベット医学関連のプロジェクトに参加したりしました。1999年からCentral Institute of Buddhism Studiesのチベット医学科で教え、いまにいたっています。

私 学生は何人いますか?
ア いままで卒業した生徒は、7人です。そのうち女学生が6人です。いま、教えているのは、4人でうち3人が男子生徒です。学年は、バラバラなので、授業内容は、生徒それぞれ違います。カリキュラムは、ダラムサラのメンツィカンと同じものを使っています。学校には、小規模な製薬場もあり、薬の製法を教えてもいます。
私 卒業生は、女子のほうが多かったのですね。もともと、伝統医療のお医者さんは、父から息子へ伝えるほうが多かったのではないですか?
ア 中には、娘に教えて、女医になる人もいたことにはいましたが、とても少なかったです。わたしの生徒に女性が多かったのは、医学部だけでなく、レーの学校全般の傾向です。理由は、男子の場合、優秀な生徒で財政的に余裕があれば、デリーなどインドの高校、大学へ行ったり、またインド軍に入隊したりする若者も多いためです。

私 ラダックには、どれくらいアムチがいますか?
ア 150人から250人くらいいます。

私 ずいぶん、大雑把な統計ですね。100人もの差があるではないですか?
ア 中には、アムチと称していても、診察能力はあまりなく、薬草採取と売買だけをしている村人もたくさんいるからです。本当に能力のあるアムチは150人くらいではないでしょうか?

私 昔は、父から息子へ医学の知識と技を伝えていたそうですが、現在、若い世代の人々は、伝統医学に関心を持っていますか?
ア 残念なことに、父がアムチであっても、子供のうちでだれも医学に興味を示さず、先祖代々伝わってきた貴重な知識を学ばないで、医師の家系が途絶えてしまうということが起きています。多くの場合、アムチよりももっと儲かる仕事をしたがるためです。

私 先生には、お子さんは何人いますか?
ア 大学生の娘一人と息子が三人います。

私 お子さんたちは、アムチになる気がありますか?
ア 長女と長男は、アムチになる気がないと言っています。下の二人の息子たちもまだ小さいので何に関心があるか決まっていません。

私 先生は、その息子二人のうちどちらかがアムチになることを望んでいるのですか?
ア わたし個人としては、アムチを継いでほしいですが、あくまでも本人の意思なので強制できません。