ラサ・セラ寺の巡り方 [LHASA・TIBET]

セラ寺といえば、問答が見学できることで有名だ。
だが、大変残念なことに、その問答が今春以来行われておらぬ! むむむ。。。

今日は、遠くからわざわざ参拝に来られる皆さんのために、セラの他の魅力を少し。

まず、やはり、ご本尊の馬頭観音(チベ語でタムディン)であろうか。
チベットでは、赤ちゃんや幼少の子供の健康祈願など、この世に出てきたばかりの幼い命を護ってくれる神様として、現地人の信仰は甚だ厚い。 こちらの伝統的な考え方で、受精してからが命の始まりなので(チベットでは、赤ちゃんは「一歳児」として子宮から出てくる)、安産祈願に馬頭観音を信仰する人もいるようだ。 

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(馬頭観音を拝むために並ぶ参拝者)

赤ちゃんや子供が親に連れられて、よくこの馬頭観音に参拝に来るが、子供たちは必ず「魔除け」の黒い墨を鼻の頭に塗られる羽目になる。 赤ちゃんや幼少の子供は、浮遊霊や土着の悪霊などを敏感に感じる能力があると信じられており、赤ちゃんの夜泣きなどはその能力で恐怖を味わってしまうのが原因のようだ。(そういえば、僕もチビの時のほうが、そういうモノがよく「みえた」) 馬頭観音の黒墨は、その幼少の子供の能力を無化させる力があるらしい。 僕の知り合いや友達はみな口をそろえて、馬頭観音の御加護の威力を讃える。

赤ちゃんや幼少の子供を日本から連れてきて、直接加持を頂くのが一番であるが、如何せん、ラサには「高山病」という馬頭観音でさえ抑えることのできない大敵がいる。 いろんな種類の御守が売られているので(どれもこれも派手派手)、これでよしとするのが賢明であろう。 バルコル周辺で法外な値段で売られる骨董品なんかよりも、ずっと「チベットらしい」お土産になるかもしれない。 

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(河口慧海の「仏塔」。彼の遺品が納められている。)

そして次は、やや「チベットマニア向き」になるかもしれないが、セラ寺には一世紀の時を越えて日本人僧侶、河口慧海や多田等観の痕跡に触れることができる空間がある。 多田がラサ修行時代住んでいたハムドンカンツァンがそれだ。 問答の広場(チョラ)の裏手にある。 ハムドンカンツァンは、セラ寺で修行するモンゴル人僧侶の寮であるが、多田は「外部の者」であったのでこのモンゴル人寮に入れられたようだ。 ここには、どういうわけか、多田ではなく、日本人として初めてチベットに足を踏み入れた河口慧海の偉業を称える仏塔が祀られている。 十数年ほど前、この仏塔を建てるために、日本の僧侶たちが信じられないほど莫大な寄進をしたときく。 僕が初めて訪れた2000年頃には、チベット仏教の博士号(ゲシェー)を得た多田の業績を河口のものとする、「超へんてこりん」な説明の彫られた板が仰々しく飾られてあったが、間違いに気付いたらしく今では控え目な表現に改められている。 河口慧海は偉人だが、セラ寺との縁は多田等観の方がずっとずっと深い。 だが、彼の滞在の記憶がハムドンカンツァンで語られていない。 理不尽な気持ちになるのは僕だけではないであろう。

チベットのことをよく知っている人の間にはなかなか多田等観ファンが少なからずいるようだ。 チベットの近代化以前に実際に僧院で修行をされたこと(十年も!)、ダライ・ラマ十三世との密な親交、その真摯で実直な人柄が、魅力なのであろう(おまけに男前である)。 『チベット滞在記』(白水社)、今枝先生が最近編集して出版された『多田等観全文集』(白水社)などを読んで、現地で当時の多田へ思いを馳せるのもいいかもしれない。

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(セラ寺の全景)

そして最後に、みなさんにオススメしたいのは、セラ寺の周囲を巡る巡礼路である。 この巡礼路の魅惑に関しては、二年前の巡礼記に詳しく書いたのでそれをぜひ読んでほしい。 魅力のひとつはセラ寺を一望できる気持ちのいい場所がある(写真上)ということだが、巡礼路にはオモシロ所や聖空間のオンパレードで我々を飽きさせない。

ただ、この巡礼路はアップダウンがちょっときつく、低地の日本から飛んできたばかりの身には思いのほかこたえるので、自分の体調・体力と相談しながらラサ滞在三日目以降ぐらいに挑戦するのがよいであろう。 そして、挑戦前にはセラ寺のご本尊・馬頭観音へお祈りもお忘れなく。 大人でも心の持ちようで御加護を賜わりくださるしょう(笑)!

Daisuke Murakami

11月19日
(ラサの)天気 快晴
(ラサの)気温 −2〜16度 (気温差注意!) 
(ラサでの)服装 ジャンパーやコート、長ズボン。 日焼け対策は必須。 空気は非常に乾燥しています。 念のために、雨具は持ってきたほうがよいでしょう。

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