ラサ駐在日記番外編 【東大寺の仁王像を匂う女】 〜晩秋の東大寺散歩 −繭子と往く古寺巡礼(風カルチャークラブ)〜 [LHASA・TIBET]

今日は特別番外編。 来週末(11月29日)に迫った、東大寺の巡礼散歩ツアーのご紹介をここでさせて頂きます。 でもなぜ、この僕のチベットのブログに東大寺、それも「仁王像を匂う女」なのか?

そもそも、彼女を風の東京本社に紹介したのは僕だった。 
新疆ウイグルのダンダンウイリクで長期調査、龍門石窟をはじめ中国の中原地域の仏教石窟を巡り巡りながら研究を続ける彼女は、風の求める「達人」像にぴったりではないかと思ったからだ。 ちょうど、風の本社はウイグル地域の達人ツアーの可能性を模索していたところでもあった。 本人と風の担当者たちが会って話し合ったところ、中国の石窟ツアーの前に、まず本人の専門領域でもあり愛着のある奈良のお寺を巡る企画を始めることになった。 「繭子と往く古寺巡礼」シリーズの誕生だ。 

「私は奈良時代に生きている」。 
「私の根本ラマは鑑真」。
「奈良時代に生まれ変わって、この法華堂の不空羂索観音の秘密をぜひ知りたい」。
「(今でも出るといわれる)長屋王の幽霊に会って、呪詛事件の真相を質問してみたい」。

と言いながら、文献を開き、仏典や漢籍にあたる日々。 そして博物館での雑用(本業?)。 本人は一見、今時の若い女性そのものであるのだが、ひとたび彼女が奈良時代にチャネリングをしたのならば、小柄な身体と童顔(わらわがお)に似合わぬ博学さや緻密さに我々は驚かされる。 本当にチャネリングをして実際に見てきているのではないか? と。 

* * *

僕の知る限り、東大寺はチベットと何の縁もない。
だが、東大寺が日本仏教の歴史の中で果たした役割やその「中心性」を鑑みるならば、東大寺に相当するものがチベットにもある。 サムイェー寺がそれだ。 

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(サムイェー寺)

サムイェー寺は東大寺と同時期の八世紀後半、チベット初めての僧院として建てられた。 ちょうど時を同じくして、このような大建造物がチベットと日本に出現しているのが非常に興味深い。 サムイェー寺はよく知られているように、当時のインドの宇宙観を具現化したものであり、中心の須弥山を模した本堂、そして東西南北とその間に浮かぶ島々に相当する仏塔や建物が建てられている。 こういった中心性はやや違ったカタチで東大寺にも見られる。 詳しくは「繭子ツアー」にゆずるが、宇宙の多元性や重層性を説く華厳経の宇宙観では、盧舎那仏が中心でもあり遍在でもあるのだが、その宇宙の中心の盧舎那仏を東大寺はその聖空間の中に内包している。 いわゆる「奈良の大仏」がそれだ。 また、サムイェー寺は宗派を超えて聖地として機能してきているが、東大寺も華厳、天台、真言など、様々な宗派の僧侶が属していた。 東大寺が鎮護国家の役割を担い、利害を超えて多くの民衆の勧進で建立されたこともあって(それまでは藤原氏の建てた興福寺、天皇家の建てた薬師寺など、「家」毎に寺は建てられていた)、超宗派的な性格を持つようになったようだ。

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(東大寺大仏殿)

東大寺もチベットのサムイェー寺も、時代を超えて、宗派を超えて、「中心」として機能してきている。 チベットにばかり関心を払っている我々は、自分達の宗教文化、この千三百年の歴史を持つ「日本のサムイェー寺」のことを少しだけでも知っておくべきなのかもしれない。

東大寺散歩ツアーの講師は、竹下繭子(たけしたまゆこ)。 
じつは僕は、今夏彼女と東大寺に行ったことがある。 南大門にある慶派の仁王像の前にさしかかった時のこと。 あの有名な阿吽の二体の像。 僕はどっちが快慶かな、運慶かな、と思いながら眺めていたが、彼女は像の前に架けられた柵の間に頭を入れてずっと動かないでいる。 顔の傾きから、仏像を眺めているわけでもなさそうだ。 少なくとも数分近くはその状態で静止していた。 「なにをやってるんやアホみたいに」と思ったが、彼女はずっと眼をつぶったままだ。

そして、やっと眼を開けたと思うと、
一言二言、「やはりヒノキか・・」、「いい香りがする・・」。

彼女は800年の昔に作られた仏像を、せいいっぱい頭を近づけて、くんくん匂いを嗅いでいたのだ! 仏像を嗅ぐ!? この行為は、僕の仏像鑑賞観を根本から覆すものであった。 

何のために嗅いでいたのか、僕は知らない。
でも、匂いというのは人間の脳の古い部分を刺激するそうなので、案外それが彼女のチャネリングの秘密なのかもしれない、とその時思ったのであった。 

僕も嗅ぐってみたが、ほとんど何も匂わなかった。
歴史家にはなれないと思った。

Daisuke Murakami

〜晩秋の東大寺散歩 −繭子と往く古寺巡礼(風カルチャークラブ)〜 の紹介はこちらです。

11月21日
(ラサの)天気 晴れ時々くもり
(ラサの)気温 −2〜15度 (気温差注意!) 
(ラサでの)服装 ジャンパーやコート、長ズボン。 日焼け対策は必須。 空気は非常に乾燥しています。 念のために、雨具は持ってきたほうがよいでしょう。