再びラサへ! チベット人ガイド・和恵(ダドゥン)も無事帰郷 [LHASA・TIBET]

久方ぶりでございます!(マージェ、ユーリン!)
二週間ほど前、ラサに戻って参りました。

一ヶ月ぶりのラサは、すっかりぽかぽか陽気。
地元チベット人の服装は、「衣替え」の概念が希薄なせいか、あまり変わらない。
重そうなチュパ(チベット民族衣装)や革ジャンを着ている人もいる―
が、確実に春到来である。
ポタラ周辺の公園には、おそらくは中国から持ってきたであろう
桜の苗木が植えられ(→写真はこちら)、なんとなくだが日本の香りも漂っている。 
最近ラサでは曇天続きであることも、今春の日本を彷彿とさせる。

ラサに帰るたびに同じような写真をアップしているような気がするが、やはりジョカンはラサの中心・・・。ちゃんと無事あるかどうか、確認したくなるのである。

ラサに帰るたびに同じような写真をアップしているような気がするが、やはりジョカンはラサの中心・・・。ちゃんと無事あるかどうか、確認したくなるのである。

だが、ここはラサ。
再びラサに戻ってきたのだ。
日本の温泉が恋しくなるが、
チベットには温泉に匹敵するほどの、リラックス空間が広がっているのだ・・。

心機一転とばかりに、本ブログの「看板」が掲げられた(↑上部を見てほしい)。
東京本社のウェッブ担当・豊田さんによるものだ。
格調高い感じがしてなんとなく気後れするが(笑)、
チベットらしい色彩の微妙な配合がなんともいえない(こういうのは簡単そうで実は難しいのである)。
彼女は、いつも、センスがよい。

話は変わるが、
先月来日していた風のチベット人ガイド・和恵(ダドゥン)も、先日無事ラサに帰郷した。
日本滞在中は、彼女を囲むイベントなども行われ(→イベント報告はこちら鎌倉滞在記はこちら)
多くの昔のお客さんと再会でき、とても思い出深い時間を過ごせたようだ。
本人もまた日本に行く、と言っている。
日本がとても居心地よく、そしてみなさんと再会できたのが、よほど嬉しかったのだろう。。 
魚料理は、最後まで克服できなかったが(笑)。
そう、彼女はチベット人なのである。

魚料理を前に、キンチョー気味の和恵。

魚料理を前に、キンチョー気味の和恵。

実は、日本料理の練習(!?)とばかりに、
日本上陸の前日、僕は彼女を北京のある日本料理屋に連れて行ったのだった。
もちろん、「初日本」のお祝いも兼ねて。
そこで一番ハードルの低そうな寿司「鉄火巻」を頼んだが、全くの完敗であった。
ゲソ焼きもだめ。あれはゲテモノにしか見えないようだ。
カリフォルニア巻は、かろうじて食べれていたが・・。

ほとんどのチベット人は、魚を食することはしない。刺身などはもってのほか。
仏教的な理由もあるが、はるか昔の祖先から肉食を主にしてきたチベット人にとって、
魚を食するということは、我々には想像しがたい、相当な本能的抵抗感があるのである。

そ・こ・で!
少しでも魚という生き物に馴染んでもらおうと、
日本滞在中、僕は和恵を大阪の海遊館に連れて行ったのであった。

エイとかずえ

エイとかずえ

そこでは、彼女はずっと目を見開いたままで、いつまばたきをしているのか、心配になったほどだ。
それほど彼女は、「奇態な」海のセムチェン(チベ語で「心あるもの」)にこころ奪われていた。
どデカイ水槽の中をジンベイザメや巨大エイが悠々と泳いでいるさまは、
おそらくは彼女の目には、限りなく宇宙生物のように見えたに違いない。

彼女は、ずっとデジカメで写真を撮っていたが、心奪われるような対象にレンズを向けると、
たとえ機械音痴・カメラ音痴の彼女でも、ものすごい写真を撮ってくる。
写真は撮影者のこころが確実に写るのである。

瀬戸内海のコーナーに来た。
横にいた可愛らしいおばあちゃんが、「まぁ、美味しそう・・」と漏らしたときの、
和恵の驚きようは、なかなか見ものであった(笑)。

さかなクン、ロケ中。

さかなクン、ロケ中。

海遊館の観覧を終え、表に出たら、「ギョギョッ!」と、さかなクンがロケ中であった。
これも和恵が将来「お魚好き」になるような宿命であろうか、とふっかけてみたが、
彼女は苦笑いとも無視ともとれるような、なんとも言えない反応をしたのだった。

Daisuke Murakami

海遊館のクラゲちゃん。

海遊館のクラゲちゃん。

4月24日
(ラサの)天気 曇
(ラサの)気温 0~12度 (体感温度は10~20度ぐらいです!!)
(ラサでの)服装 昼間はシャツ、フリースなど。 夜はフリース、ジャンパーなど。 日焼け対策は必須。 空気は非常に乾燥しています。念のために、雨具は持ってきたほうがよいでしょう。また、風も強く吹くことも多いので、マスクなども役立ちます。

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