中国シルクロードのルート・町紹介:西域南道編

シルクロード 地図

玄奘三蔵がインドで勉学を終え戻ってきたルートです。パキスタンからアフガニスタンへ抜け、パミール高原のタシュクルガンを通って中国へと戻ってきます。カシュガル(疏勒)からを西域南道として、タクラマカン砂漠の南を東へ向かいます。ヤルカンド(莎車)やホータン(和田)、ニヤ(民豊)、チャルチェン(且末)、チャルクリク(若羌)、ミーラン(米蘭)と続き、峠を越えて、敦煌へと東に進んでいきます。尚、現在の町と、当時玄奘が辿った際の町の位置は、砂漠の位置の変化によって異なっています。
現在は、石油採掘場として発展している花土溝などを途中宿泊地として通り、ヤルダン地形などの高原地帯を走りぬけて敦煌へ向かいます。


■ホータン(和田)

タクラマカン砂漠が町の北部まで押し寄せる西域南道の最大のオアシスです。かつては仏教国として栄えていましたが、現在はイスラム文化が色濃い町となっています。中国で宝石といえば「玉」のイメージが強く、その産地がホータンです。『漢書』西域伝にも于闐(ホータンの旧名)の項に「玉を多く産する」という記載やマルコポーロの『東方見聞録』でもホータン周辺の玉について触れており、古代から中国と西域諸国との間の重要な交易品として珍重されていました。今もホータン玉は人気があり、町中には原石を売り買いする人々や玉の加工品販売店なども軒を連ねています。また絹織物の絣模様アトラスもお土産ものとしても人気です。

加工された玉製品 白く透けるように美しい


図面を見ながら、数人で縫い上げていく(ホータン絨毯工房にて)

お土産にもお勧めの座布団サイズの絨毯。しっかりとした厚みがある。


アトラスと呼ばれるウイグル族伝統の絹織物もホータン人気のお土産。(アトラス工房にて)


砂漠の中に位置するホータン郊外のラワク(熱瓦克)仏教遺跡 1000年以上の歴史がある

活気溢れる市内のバザール


■チャルチェン(且末)

古西域三十六国の一つとして、大谷探検隊やヘディンも訪れている西域南道のオアシス都市の一つです。
市内には且末博物館があり、また町の特産の玉を扱った玉市場などもあります。郊外には、100年の歴史があるイスラム教徒の地主荘園(現在は観光用に展示)や、ザグンルク古墓(敷地面積は約35,000平方キロメートルという広大な土地に150を越える墓が見つかり、発掘調査されています。展示されているのは14人が眠る一族のお墓です)などがあります。尚、訪れる際は許可等が必要となり都度確認が必要です。

14人一族のミイラが保存されているザグンルク古墳群

約100年の歴史を持つウイグル族の館、地主荘園


ホータンと並び玉の売買が盛ん 町中にも加工品店などが軒を連ねる


■チャルクリク(若羌)

米蘭遺跡へ行く際に拠点となるのどかなオアシスの町です。
市内には2011年オープンした楼蘭博物館があり、楼蘭、米蘭、小河墓などチャルクリク周辺の遺跡や出土品についての紹介がされており、外国人(日本人)の私たちにとっても興味をそそられることでしょう。
(※ただし楼蘭遺跡は立入禁止区域、米蘭遺跡も2018年から外国人未解放地域となっています。 残念ながらいつ訪れることができるかは未定です。)

米蘭(ミーラン)  スタインにより発見された故城跡。


広大な跡地に、所々、仏塔や居住跡、烽火台址などのかつて繁栄した都の痕跡がみられる


チャルクリクの楼蘭博物館