アムド・同仁のルロ祭(六月会) 神が憑依した村人が踊る

土地神が憑依したシャーマン(ホルジャ村)



カモシカの頭蓋骨

チベットに残る土着の宗教

チベットの人々といえば、常に祈りを欠かさない敬虔な仏教徒。チベット=仏教のイメージは非常に強いものがあります。そのため、チベットにも日本の「八百万の神」のような土着の信仰が根強く残っていることは意外と知られていません。実は、チベットでは仏教伝来以前はシャーマニズムなど土着の宗教が盛んな地域でした。現在もその流れを汲むボン教が地域によっては仏教以上に信仰されているのです。
また、仏教を信じている地域でも、魔除けとして動物の骨や剥製を間口にぶら下げていたり、峠に石積みをしたりしています。いかにも仏教的に感じられる家々の屋根や寺院にはためく祈りの旗(タルチョ)、峠で旅の安全を祈願して撒かれる経文の書かれた護符(ルンタ)、仏教を守護する護法神、大量に炊かれる御香 (サン)などにも、その根底に土着宗教であるボン教の要素が見え隠れしています。

チベット文化圏の中でも、アムド(チベット北東部)やラダックのような他の文化と接する地域では、特にその傾向が強いようで、ボン教徒が大勢いたり、現役のシャーマンが活躍し、 民間信仰が人々の生活に強い影響を与えていたりします。シャーマンはラバ(ハワ)やラモ(ハモ)と呼ばれ、祭礼などでは土着の神を憑依させ、その状態で占い、神託、病気の治療などを行います。時には僧侶がシャーマンとして信託を行うことすらあります。


同仁のルロ祭


テウ村のルロ祭テウ村のルロ祭


神舞(ラシゼ)の大きな輪舞
神舞(ラシゼ)の大きな輪舞

そんなシャーマニズム的要素の強いお祭りがチベットの東北部(中国の行政区画では青海省)にあたるアムド地方の同仁で開かれる「六月会」(現地名:ルロ祭)です。同仁はアムドの「仏教芸術センター」と称されるように、タンカや仏像の製作が盛んです。また、中心に位置する大僧院ロンウォ寺は、仏教理論をマスターした活仏や高僧が、若い僧侶を教える仏教大学として機能しているなど、仏教の盛んなアムドでも特に信仰心の篤い地域です。しかし、同時に仏教伝来以前から伝わるボン教やシャーマニズム的要素も強く受け継いでいる地域でもあります。


頬を串刺しにする男

その同仁周辺の村々で文字通りチベット暦の6月に「六月会」は行われます。中国語では「神舞会」とも言われるように祭では、神の舞ラシゼ、龍神の舞ルシゼ、軍隊の舞モホゼという3つの踊りが披露されるほか、男たちが口や背中を串刺しにして踊って自らの血を神への犠牲として捧げる上口釧・上背釧、そして火の上を走ると言ったちょっと衝撃的な儀式、そして、土地神が憑依しトランス状態になったシャーマンがその年の収穫の良し悪しを占ったり、飲酒や、人をだますなどの不誠実な行為を戒めたり、神託を伝えるなどのシャーマニズム的な儀式が行われます。お祭の期間中、これらの儀式が場所、時間を変えて、次々に展開していきます。チベットの典型的な仏教をたたえるお祭とは趣を異にした、人々を原初的なものに立ち返らせるようなお祭です。

神に捧げるヨーグルトを手に踊る老人神に捧げるヨーグルトを手に踊る老人(写真提供:勝俣靖雄様)