第4回●「タンクン」ヒマラヤの宿題

小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

タンクン

背を向けるように大学を突然飛び出し、日本に滞在中の僕の下に親友のジグメから手紙が届いた。クリスマスの前、12月20日頃だったように思う。クラスメートはみんな元気でやっていること。みんなオガワのことを心配していること、学長が代わったこと、などが記され、最後にこんなエピソードが添えられていた。
「今年の薬草実習は雨で道路が寸断されて日程が大幅に乱れた。それと、今年もタンクンを採りに行って遭難しかけてしまった。1年生の時に僕たちが遭難した、あの場所だよ。雨と霧で視界が悪くて大変だった」と。
富山の実家を経由して京都の下宿先に届いた丁寧なチベット語を読みながら、2年前の遭難事件を思い出し、そして懐かしいヒマラヤの大自然が一気に脳裏に拡がった。みんなと別 れてからもう半年が経とうとしていた。

タンクンはセリ科に属する背丈1m前後の、どちらかといえば地味な薬草だが、ある意味では薬草実習中もっとも危険な薬草かもしれない。群生している場所はベースキャンプから1時間ほどの山中で特別に遠いわけではない。しかし、そこはまるで三陸海岸のように険しい崖が入り組んでおり上方の尾根では見事につながっている。一度尾根まで高度を上げてから下がれば確実だが、下部の険しい崖の合間に一箇所だけ群生地への入り口が用意されていて通常はそこから中に入っていく。それは言葉を変えれば迷宮への入り口でもある。その地帯には人の背丈ほどの低木が、まさに迷路のように生えておりタンクンはその間の草地で採取できる。しかし調子に乗ってタンクンを採取しているうちに唯一の入り口であり出口から遠ざかってしまうと帰る手段を失ってしまうことになる。
1年目の薬草実習の初日、僕とジグメを含む5人のグループは空腹を感じはじめた2時頃になって初めて、帰る手段を失った危険な状況にあることに気がついた。つまり遭難である。
タンクンを背負ったまま右往左往しているうちに体力は消耗していく。その日に限り朝食を軽く済ませてしまったせいもあり、恐らく僕が一番疲れていたようだ。日没が近くなって初めて、最後の力を振り絞って尾根まで上がろう、という決断がされた時、恥ずかしながら僕にはその体力は全く残されていなかった。
「みんな、先に尾根を目指してくれ。僕は、多分、後から行くよ」  
そう、嘘をついたが、もちろん仲間からは激しい叱責を受けた。自分でも常識外れなことは自覚している。激しい口論の末、他のメンバーは出発した。そして僕は一か八か、まだ元気な腕力を生かし、崖に生える木を伝って断崖を下りることにした。このずっと下には道路が走っているはずだ。
生涯最も危険な賭けに勝って道路に辿り着くと僕は精根尽き果てて倒れこんでしまった。もう一歩も歩けない。でも早くキャンプへ帰らなければ・・・。1時間後、現地の人が僕を車で運んでくれた時、ベースキャンプでは捜索隊が結成されているところだった。

遭難直前の無邪気なジグメ、ペンパ、オガワ

それから3年後、大学に復学して最初の薬草実習で僕は一人でタンクンを採りに出かけた(基本的に単独行動は禁止されている)。今まで誰も見つけていないであろう大群生地を発見し、得意満面で大量のタンクンを背にしていたが、やはりこうして調子に乗った時が一番危ないのだろう。早く帰って自慢したい、その慢心は、どこか見覚えのある風景が3年前のそれと重なった瞬間に吹き飛んでしまった。体の血の気が引いていくのが分かる。しかし、今回はすぐに尾根を目指す決断をした。3年前には進めなかった道を登ることに。しかも十歩ほど登ると、僕は大量のタンクンを少し躊躇してから捨てた。タンクンはまた明日採りにくればいい。でも、あの尾根まで辿り着けなければ、僕に明日はない。
「ジグメ、またやっちゃったよ」  
その夜、ジグメに今日の顛末を詳しく話して聞かせた。
「オガワ、成長したな。もし、あの経験がなかったなら、今ごろお前はまだ山の中を彷徨っていただろう。あそこはまさに魔の山だからな。それにしても、よくぞ薬草を捨てたものだ」  
ジグメは優しい笑顔で僕の冒険話に耳を傾けてくれた。もしかしたら人生の中で、やり残した宿題は必ずまた降りかかってくるものなのかもしれない。きっと、人間はその時、知らず知らずのうちに宿題のヒントを次のために残しておくものなのだろう。そして、少し話は飛ぶが、古代の人達が現代の僕らに残しておいてくれたヒントの一つがチベット医学ではないだろうかと僕は考えている。人類がやり残した大きな宿題のための。ただ、今日、あの道を辿ったことで、少なくとも僕の中でタンクンの宿題は終えたような気がする。

小川 康 プロフィール