第5回●「ツェドゥム」風との出会い

麻黄

麻黄

「草を楽しむ、と書いて薬という漢字が出来ました。まずは草から始めませんか?」
これ、私が薬局に勤務していた時に発行していた薬草通信のキャッチフレーズなんです。そんな私が何故、チベット医学を志したかといいますと…、仏教に興味があったから?精神医学だから?神秘的な脈診・尿診に憧れて?もちろんそれも理由の一部には違いありません。でも最大の理由は「チベット医学が一番、草を楽しんでいる医学だから」。やっぱり「楽しむ」ことに勝る薬って無いですよね。
思えば豊かな大自然に囲まれた故郷富山で、兄と一緒によく宝探しごっこをして遊んだものでした。兄が「がらくた」という名の宝を隠し、兄の作ったヒントを頼りにそれを私が探しに出かけるという遊びなのですが、もしかしたら私にとってチベット医学の原点はここにあるのかもしれません。そう、薬草という名の宝探し、それも今度はヒマラヤという世界一広大な遊び場に隠された宝を探しに出かけるのです。

夏、緑溢れるガンデン寺の巡礼路

夏、緑溢れるガンデン寺の巡礼路

今回のお宝ハンターは、当時の風のラサ駐在員ヒゲ村氏、その友人M氏、風の常連H嬢、小川の4人で構成され、目指すは標高4,300mガンデン寺の巡礼道。何でもその昔、あまりにもガンデン寺の周りが殺風景で寂しいため、ツォンカパ(お寺の創始者)が薬草の女神イトマに頼んで周囲に色とりどりの薬草を植えたと伝えられているが、どこに何があるかは未だに謎に包まれている。もしかしたらツォンカパも小さい頃「宝探しごっこ」が大好きだったのかもしれない、と大胆な仮説を立て、これを立証すべく探検隊は巡礼道に足を踏み入れた。


ツェルゴン(ブルーポピー)
まずはヒマラヤを代表するブルーポピー(ツェルゴン:第1回参照)を発見したが、これしきのことで興奮していてはヒマラヤの薬草通とは認定されない。感情を押しとどめ「ああ、あれね」とキザに軽く受け流すのが風流というもの。ブルーポピーにばかり目を奪われていると真に貴重なお宝を見逃してしまいかねないし、もしかしたらツォンカパの陽動作戦かもしれない。フフフ…、小さい頃の「宝探しごっこ」で鍛えられた私が参加しているのはツォンカパ上人にとって大誤算であろう。何でもその昔、男たちの勇気を試すために、女神イトマはあえて断崖絶壁に種を蒔き、しかも草に無数の棘をくっつけて容易くは掴めないようにしたことからツェル(棘)ンゴン(青)と名づけられたそうだが、 美しいものに棘があるのは古今東西共通のようである。

ガンデン寺の巡礼路に咲くブルーポピー

ガンデン寺の巡礼路に咲くブルーポピー

ツェドゥム(麻黄)
「あれ何ですかね?」とヒゲ村さんが私の頭上を指差す。すると何とそこには麻黄が群生しているではないか。植物園や図鑑で見たことはあるが野生の野良(のら)麻黄に出会うのは初めてで、ついつい興奮してしまった。やっぱり野良はいい、自然でのびのびしている。何よりもそこに生えている必然性がある。麻黄からはエフェドリンという薬が抽出され、ほとんどの風邪薬に配合されている。気管支を緩めて咳や痰の症状を改善し、発汗作用もあるので解熱剤としても用いられるが、西洋医学の原点にチベットで出会えるとは何とも奇妙な縁である。

パンツィ・トポ(マツムシソウの仲間)

パンツィ・トポ

パンツィ・トポ

「小川さん、変わった草がありますよ」と、またしても駐在員が指差した先には、な、何と夢にまで見たパンツィ・トポが可憐に佇んでいるではないか。麻黄以上の興奮に足が勝手に飛び跳ねてしまったが、ふと冷静に我に帰ると、さっきに続いて第一発見者の栄誉をヒゲ村駐在員に奪われてしまった事実に気がつく。薬草の達人を自称する私の面目丸つぶれである。薬草を発見した瞬間、脳内快感ホルモンが分泌され、しかもそれを他人に教えて自慢した場合2倍に増幅されるという学説を私は展開しているが、この理論でいくとヒゲ村さんが一番楽しんでいることになる。最初はビギナーズ・ラックかと思ったが、この風の駐在員、只者ではないな。いや、もしや薬草の女神イトマは髭の男性が好みなのかもしれないという考古学的に画期的な仮定を立ててみたが立証するのは難しそうだ。結局、この薬草は感染症や熱病に用いられますよと、チベット医学の余計なウンチクを披露して達人の面 目を保った次第である。

この他、多数の薬草を発見し様々なドラマが繰り広げられたが紙面の都合上、割愛します。とにもかくにも巡礼道に隠されたお宝を発見し、貴重な?学説・仮説を打ち立てて我々お宝ハンターは満足気に帰途についたのであった。そして、このガンデン寺でのヒゲ村駐在員との偶然の出会いが切っ掛けで、風と僕との物語が始まったのである。
さあ皆さんもヒマラヤの宝探しに出かけませんか。草を楽しむ、これこそが薬でありチベット医学の真髄なのです。その楽しさが草に伝わり、それが薬となって患者さんを癒すのだから。

ご注意: ツォンカパの伝説、仮説は筆者の作り話であり、一切の史実とは関係ありません。

小川 康 プロフィール