第9回●「キャンショッパ」信仰の力

小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

キャンショッパ (ゴマノハグサ科、効能:体に溜まった水分を排泄する。インド・マリー、8月、撮影)

キャンショッパ、日本語に訳すと「孤独な翼」は薬草実習(第一話参昭)が行われるマリー周辺の山腹を美しく彩 るが薬草として採集の対象にはなっていない。しかし過去に一度だけ生徒全員で摘んだことがあったと先生が教えてくれた。 ダライ・ラマ法王がラダックへ行かれるときに、このマリーの道を通られ、そのときキャンショッパを摘んで道端を美しく飾ったのだという。
法王が車でお通りになられるときは、授業はもちろん試験ですらも中断して道端に整列してお出迎えする習慣がチベット人にはある。ちなみに僕はいたって平均的な日本人であり、普段、宗教を強く意識することはない。ただ、こうして同級生と一緒に法王のお出迎えをするなど、生活を共にすることこそがチベット仏教の実践ではないかと自分を納得させている。しかし、そんな僕もさすがに、あのとき、彼の前ではチベット仏教の信仰力に心底から感服せざるをえなかった。


2006 年9月上旬、ブータンで開催された国際伝統医学会議に出席した帰り道、東インド・シリグリという大きな街にあるメンツィカン分院で思いもかけず先輩のタムチュに再会した。彼は僕が1年生のときの5年生で僧兵というイメージがピッタリの厳つい顔と体をしている。人は見かけによるもので当時、学生運動の先方として活躍していたのが彼だった。確かミャンマーと国境を持つ遥か東方の州に新設された病院へ派遣されたのではなかったかと、彼に尋ねた。
「ああ、3年間、ジャングルの中で過ごしたさ。ようやく約束の任務期間を終えて久しぶりに街に出てきたところなんだ」
かつては近寄り難い雰囲気があったせいか、こうして二人で話すのは初めてのことだと気がついた。彼は興味津々な僕に向かって話を続けた。
「チベット難民80人の集落の周りは裸族の現地人が暮らしている別世界だった。電気も電話もバスもない。山賊も多いから、もし殺されたとしても永遠に分からないだろうな。裸の人を診察するのはすぐに慣れたけれど最初はまさにカルチャーショックだったよ。でも今まで文明とは触れていないおかげで薬は本当によく効いたし、効果効能が明確に認識できたのは勉強になった。とはいえ、オガワ、俺は寂しくて何度も発狂しそうになったんだぞ。何度ももう帰ろうと悩んだんだぞ。山を越えての回診なんていつも命がけだったんだ」
「それはマリーでの薬草実習よりも過酷なのか」
「あたりまえさ!今思えば学生時代の実習なんてピクニックみたいものだ」
彼の語気は話の内容に沿って激しさを増した。
「辞めてもよかったじゃないか。壮絶な環境でよく頑張ったじゃないか」
そんな僕の安直な質問に彼は興奮を抑え、真っ直ぐに僕の眼を見てこう答えた。
「法王の御意志で始めることになった分院を潰すわけにはいかないだろう。これは法王の御意志なんだ、それだけが俺の心の支えだった」  
チベット難民80名が法王へ「医者が必要なんです」と直訴したことによって、このジャングル・メンツィカンは実現していた。
「一番、辛かったときだったかな、心臓がかなり弱っている患者が運び込まれたんだ。とりあえずキュンガ(附子が配合されている。第八話参)を処方したところ幸いにして心臓は動き始めて一命を取り留めた。それ以来、医者としての信頼が高まり住民からとても大切にされたものだった。つい先日も“頼むから帰らないでくれ”と懇願され困ったけれど俺はもっと幅広く医学を勉強したいんだ。何もない場所で、つくづく自分の無力さを痛感したよ」  
話したいことは山ほどあったがデリー行きの電車の時間が迫っていた。彼は電車の中まで僕の荷物を運ぶと周囲のインド人に僕の世話をお願いしてくれた。ジャングルでの激しい風雨が彼を丸くしたからだろうか、昔の厳しい顔つきが随分と温和になったことに気がついた。別れ際に、法王に謁見し報告できる機会はないのかと尋ねた。
「とんでもない。でもそんな機会があったらいいけどな。じゃ、オガワまたな」  

花を手に沿道でダライラマ法王の到着を待つ人々 (ダラムサラ)

ジャングルの奥地に咲いたキャンショッパ「孤独な翼」は、法王が行かれる道を控えめだけれども、強く、美しく飾り立てていた。そしてきっとこれからも。

参考 メンツィカンが運営する病院はインド・ネパール国内に50箇所ある。
ブータン国際伝統医学会議

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