第8回●「ボンガ・ナクポ」ヒマラヤの罰ゲーム

小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

ボンガ・ナクポ

日本では悪名高きトリカブトを紹介しましょう。チベットでは各地に生えていますし、日本でも山に入ると意外と簡単に見つけることができます。加工したものを附子(ブシ)とか烏頭(ウズ)と呼び、強心、鎮痛、興奮を目的に用います。身近なところでは下半身の病気に用いる漢方の八味地黄丸に配合されている他、狂言でも「附子(ぶす)」の題目で演じられています。

チベット語ではボンガ・ナクポといいますが、では、ここで問題です。チベット語ではこの花を何の動物に喩えているでしょうか?よく見てお考えください。ヒント、ある動物の頭の部分です。さあ、何でしょう。馬ですか?近いですね・・・はい、その通り!ロバです。名前を日本語に訳すと“黒いロバ”となります。余談ですが薬草実習最終日には101種類の薬草を鑑別する試験がヒマラヤ山中で行われ、後日、大学の講堂で全職員を集めて成績が発表されます。そして下位五名にはなんとロバに扮装して臭い薬草を背負い講堂を一周するという過酷な罰ゲームが17世紀から伝統の名の下に続いているのです(写真撮影厳禁)。幸いにして私は免れましたが、上位から順番に名前が呼ばれていくときの緊張感は今でも忘れません。チベット医が薬草に精通している真の理由はこの罰ゲームにあるというのは本当です。ちなみに4年生時の一番は親友のジグメで確か96点でした。

チベットではロバは知恵が足りないことの象徴で、さらに教典にも馬とロバの乳を飲むと肺病を癒すが、無知になると書かれていますが、これではロバが可哀そうだと思いませんか。
黒いロバさんは漢方と同じで鎮痛・強心に用いられるほか、感染症にも処方されます。毒性が強いために取り扱いには細心の注意が払われ、素人が真似をしないように別 名が頻繁に用いられます。教典(四部医典)でもページごとに名前が変わり私たちはこれも暗記しなくてはいけません。たとえば、ビカ、メンチェン、ラドゥク、ジンパなどなどです。他の薬草においても別名を用いることはありますがトリカブトほどではありません。また別名を用いることによって患者にトリカブトを処方していることを隠し、安心して服用してもらうという利点もあります。

ボンガ・カルポ

黒の次は白いトリカブトを紹介しましょう。チベット語でボンガ・カルポ、白いロバという意味です。むしろ白いロバこそヒマラヤを代表する珍しい薬草といえます。少なくとも日本にはありませんし、生息地も世界的に限られています。白いロバには何故か全く毒性が無いとされていますが私は勇気がなくて試したことはありませんし、念のためみなさんも安心して口にしたりしないで下さい。また解説書によると、黒いロバの毒を白いロバが消し去る、とありますが、これもやはり試したことはありません。

よく御覧になってください、確かに黒いロバは攻撃的な感じがしますが、白いロバは愛らしくて優しそうな雰囲気がありませんか。教典には

ボンガ・カルポ・リムネ・ティーツェ・セル
 ボンガ・カルポは感染症とティーパ(熱病など)を鎮める

とあります。
ボンガ・カルポ、通称ボンカルはツェルゴン(第一話参照)と並んで薬草実習の際に大切な薬草となります。私たちがベースキャンプを張るマリーという場所の周辺はボンカルが豊富なため、他の薬草業者も多数やってきて、さながら薬草採取競争の様相をみせますが私たちメンツィカンチームは負けていません。チベット医学は仏教と深いかかわりがあるとはいえ、ここで慈悲の心を見せていては薬が作れないのです。ボンカルは群落を作る特徴があるので、ライバルに採られる前に真っ先に過去の記憶を頼りに群落へと向かうのです。帰りが遅くなってベースキャンプに向かって急いでいるときに限って、何故かボンカルの群落を見つけてしまうことが度々あります。見てみぬふりをしようか・・・・と悩みつつも結局は背中の荷を下ろして採集してしまいます。

薬草鑑別試験に向けて猛勉強中 (マリー、ベースキャンプにて)

本当ならば、より強い効力がある根の方を採取したいのですが、だんだん少なくなっていることもあって地上部だけを採取しています。ヒマラヤの薬草は年々減少していると言われており、それは気のせいか私も実感しています。ただ単に収穫量 が増えて乱獲が進んだためなのか、地球温暖化により減少したせいなのかは、はっきりと分かりません。 冬場の降雪量が少ないとその年の薬草は少ないという話は耳にしました。大学では畑での栽培も始めているものの焼け石に水でしょう。

私はヒマラヤの薬草はヒマラヤに住む人たちのためだけに使われればいいのではと思っています。それだけのためならば、今のままでも充分です。そっとしておいてあげませんか。

2007年2月3日 東京・風の旅行社イベントにて(講演録)


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