第17回●「チャグー・スックパ」ヒマラヤのお尻拭き

小川 康の『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

チャグー・スクッパ

「ディス、イズ、ヒマラヤン」という薬草を紹介します。白い綿毛をまとった不思議な薬草で、名前をチャグー・スクッパといいます。日本語に訳すと「ハゲワシの脚」ですが、どうでしょう、そう言われるとそんなふうにも見えてきませんか。キク科トウヒレン属で、このように綿毛や葉っぱで保温している薬草をセーター植物とか温室植物と呼びます。トウヒレンといいましても、あまり馴染みがないと思いますが、高山植物愛好家にとっては貴重な薬草が集まっているグループです。

トウヒレン属ではありませんが、私たちの身近に温室植物にあたる薬草があるのをご存知ですか。なんだと思います? 熱が逃げないように葉っぱを丸めている薬草というか野菜です。もうお気づきですね、レタスやキャベツです。これら高原野菜は昼間に葉っぱを広げて日光を吸収しようとし、夜は寒いので丸まって熱がにげないようにします。だから高原のように昼夜の寒暖差が大きい地域で栽培されているのです。

本家 雪蓮花

この薬草も有名な雪蓮花(せつれんか)の一種にあたりますが、本家の雪蓮花はチベットの北、ウイグル地区に行くと豊富に生えています。ちなみに雪蓮花もチャグー・スクッパも実際にはチベット薬にはほとんど処方されていません。  
私は標高4700mくらいの山の稜線で初めてこの薬草を見つけました。岩の陰にたたずんでいるのを発見した時はさすがに興奮し、3個採取して誇らしげにベースキャンプに帰りました。ところが先生は
「あー、それね、用を足した後、それでお尻を拭いたら気持ちいいだろうなあ」
と高山植物愛好家の100年の恋も一瞬にして醒めるようなお言葉を頂戴して言葉を失ってしまったものです。とはいえ、なかなか出会うことができない珍しい薬草なので、是非、みなさんと探しに出かけたいものですね。

次にチベット語でサズというイラクサ科の薬草を紹介します。全身に蟻酸を含んだ細かな棘があり、触ると水ぶくれができてしまう上に繁殖力が強くてあちらこちらに群生しているために、チベット本土でもダラムサラでも大変な嫌われ者です。私も何度痛い目にあったかわかりません。チベットでは、触ったら鼻水をつけろ、といわれています。
ダラムサラの幼稚園では、お仕置きとして子供の背中をサズで叩くこともあり、日本だったら大問題になりかねません。チベット人は子育てに関してとても大らかで、他人の子供も平気で叱りますし体罰もあります。でもそれで騒ぐ大人も子供もいませんから、きっと昔の良き日本のような風景かもしれませんね。
そんな厄介者の草ですが、栄養分は豊富で、春先のアクがないころのサズは食用として今も用いられています。特に鉄分をはじめとしたミネラルが豊富なので女性にお勧めの薬草です。えっ、口の中が腫れてしまわないの?と心配する人もいるでしょう。大丈夫です、熱を加えると蟻酸は分解されてしまうのです。

  

サズ・ルン・ジョム・トゥケー・ベーティー・ロン
サズはルンを鎮め、熱を生み、ベーケンとティーパを起す
四部医典論説部第16章

私が以前、暮らしていた長野県では同じ科に属するアカソやウワバミソウを山菜として食べる習慣があります。この蟻酸を含むイラクサは東北地方に生えていると本には書いてありますが、私はまだ日本で出会ったことがありません。
さて、この薬草ばかりを食べ続けて全身が緑色になってしまったチベットのスーパーヒーローをご存知ですか?チベット人なら誰もが知っている11世紀に活躍したミラレパという行者さんです。厳しい修行で超能力を獲得し、洞窟での瞑想で悟りを開いた行者で、この瞑想の際に洞窟の近くに生えていたサズだけを食べて栄養補給をしたために緑色になったと伝えられています。ミラレパはよく緑色で描かれるのでお寺の壁画ではすぐに見つけることができます。
このミラレパ草は実は日本で健康補助食品として売られているんです。西洋名でネトルという名前でお茶やサプリメントになっていますので、是非、お試しください。大きいドラッグストアに置いてあります。味は結構いけますよ。これを飲みながら瞑想すればあなたもミラレパになれるかもしれません(笑)。


提供 ダラムサラ在住タンカ絵師・しろのゆみ
ミラレパの右側にある緑色の壺でサズを煮ている。

2004年12月、大阪イベントでの講演録