第58回●「ガキャ」春の養生法

ガキャ(生姜)

長野の望月町で暮らしていたときのこと。真っ白な雪の合間から地表が見え始めたとき、それは長い冬の終わりと春の訪れを意味し、心躍らせたものでした。久しぶりに太陽を見るせいか、まぶしそうに眼を細めている大地から、真っ先に顔をだすのは、ふきのとう。ツボミのうちに採取して天ぷらにして食べたり、農家のおばあさんにお願いして蕗味噌を作ってもらったりしたのを覚えています。ふきのとうの苦味こそが、自分の中では春の訪れの味覚として体に残っています。

ふきのとう。撮影2009年2月4日。 富山・高岡の実家の庭にて。

冬眠から覚めた熊は、まず熊笹などの新鮮な若葉を食べて冬の間に溜まった毒素を抜くといいますが、人間にも同じような本能が残っているのでしょう。ふきのとうのような穏やかな苦味は、体の毒素の排泄を促してくれるとともに、「春眠暁を覚えず」で眠くなりがちな身体に活気をもたらしてくれます。苦味の王様といえば、センブリやリンドウ(第30話参)ですが、この強烈な苦味は、ふきのとうから2ヶ月くらい待たなくてはいけません。きっと、大自然は私たちに順序良く、旬の薬草を用意してくれているのでしょう。冬の眠りから覚めて、いきなりセンブリの苦味では、体がびっくりしてしまいそうです。
そもそも毒とは何でしょうか。重金属や肝臓で分解しきれない化学物質などもその中に入ります。これらは胆汁と一緒に大便として排泄されたり、毛穴から汗と一緒に排泄されたりします。しかし、冬の間は寒さで毛穴が閉じてしまっているため、どうしても排泄が滞ってしまいがちです。そこで、春にはウォーキングなどの軽い運動や、苦味のあるもので胆汁の排泄を促し、毒素を排泄することが必要になってきます。さて、チベット医学の教典・四部医典にはどう記してあるでしょうか。

春には太陽の暖かさによって冬の間に凍っていたベーケンが溶け、体の火熱が失われる。
ベーケンの病が発症するので、苦味、辛味、渋味のあるものを摂取せよ。
古い穀物、乾燥地帯の動物の肉、蜂蜜と、お湯、生姜湯、粗い性質を持った食事を摂取し、軽く運動をし、体をよく拭くことで、ベーケンの病を解消できる。
良い香りの漂う美しい庭でくつろぎなさい。 
四部医典論説部第14章、季節の養生法の章

ベーケンとは漢方で言う「水毒」の病にあたり、浮腫みや消化不良が代表的な病です(第38話参)。現代の日本でも言われている養生法と似ていませんか。この太古に記された教典にあるように蜂蜜や生姜(チベット語でガキャ)などを積極的に摂取することもお勧めします。また、脈も季節によって変化するとされ、春の脈相は次のように記されています。

春の三ヶ月は樹木の花蕾の時で、星(ほとほり)、翼(たすき)、角(すぼし)、の星が夜分を支配する。ヒバリの鳴き声が発せられる時、七十二日間、木の元素が優勢で肝臓の脈が走る。ヒバリの鳴き声のように、細く緊縮して脈打つ。 
四部医典結尾部第1章 脈診の章

どうでしょう、春になったら皆さんも自分の脈に三本指を当てて脈診をしてみてください。ヒバリのような鳴き声が指に伝わってくるかもしれませんよ。最後にもう一つ、春に採取すべき薬草は次のように記されています。

木部、樹皮、樹液、の三つは順に、皮膚、腱、四肢、を癒す。これらは、芽吹きの春に採取しなさい。 
四部医典結尾部第12章 薬草配合の章

やはり長野に住んでいたとき、白樺の樹液を頂いて飲んだことがあります。白樺の樹液はなぜか春にしか採取できないといいます。これから多くの葉っぱを養い、成長していくために春にだけ大量の水分を下から上へと吸い上げるのです。この吸い上げるエネルギーがどこから派生しているのか未だに解明できていないそうですね。でも太古の昔から樹液は春に採取されることだけはわかっていたなんて、ちょっぴり神秘的ではありませんか。少し甘味がある白樺の樹液からは春の清純さと躍動を感じることができたのを覚えています。
さあ、春がやってきます。養生をして健康を保ちながら、どこか旅に出かけませんか?できれば風のツアーに参加して(笑)。

参考:『チベット医学 —身体のとらえ方と診断・治療』イシェー・ドゥンデン著 地湧社

小川 康 プロフィール