第71回●チャク ~鉄は柔らかい~

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

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眼の前で一本の鉄棒が瞬く間に葉っぱのペンダントに生まれ変わっていく。「鉄ってねー、柔らかいんだよ。ほら、もうフニャフニャになったでしょ」軽妙なトークを交えつつもハンマーを持つ手が勝手に動いているあたりに、鉄彫刻この道40年の歳月を感じ取ることができる。眼の前で当たり前のようにやって見せること、これに勝る信頼はない。

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小諸市の林通雄さん、この人の手にかかると鉄屑が鉄芸術品へと生まれ変わっていく。それは雑草を薬草へと昇華させていく過程と似ているかもしれない。僕はこのあたりに尊敬とともに自分との共通性を見出しているのだが御本人にとっては「ねー、その鉄クズっていうの止めてくれない。なんか拾い物で作っていると誤解されるからさ」とお気に召さないようだ。

この御仁と出会ったのはダラムサラへ渡る一年前、林さんのパートナーである染織家・安藤信子さん(通称・しん子さん)の染物教室に参加したときのことだった。そして次に出会ったのはなんとインドからバンコク経由で帰ってくる飛行機の中。まったくの偶然で遭遇したのだから運命を感じないわけにはいかない。そしてそれから8年後、ダラムサラでの学びを終えて帰国した僕は久しぶりに二人を訪ねた。

標高900m、小諸市浅間山麓の中腹に位置する工房に着くと「小川くん、ちょっとこっちを見てってよ」と真っ先に家の裏にある谷へと連れて行ってくれた。すると「な、なんじゃこりゃ!」そこにはどでかいツリーハウスがあるではないか。こんな意外性を伴う感動こそが硬直化したDNAに変化をもたらし人生を豊かにしてくれるのではという仮説を僕は立てている。実際、環境や仕事を変えるだけでDNAに僅かな変化が起こり進化するという話を耳にしたことがある。他の人はいざしらず、僕はロッキー山脈の壮大さを目の当りにしても、ナイアガラの滝の水しぶきを浴びてもここまで衝撃は受けないだろう。情報を先回りして得られる現代文明社会においてDNAに変化を及ぼすような劇的な出来事に出会うことはすっかり少なくなったけれど、このツリーハウスには参った。まさに究極の「いない、いないバー」である。普通の民家の裏に何の採算も考えず、趣味だけのためにここまでやってしまうとは予想外、いや、林さんならやりかねないと思考を切り替えたとたんにDNAは変化を止めてしまった。

「でもね、まだ完成していないんだよ。このハウスの天辺に長さ14mのヤジロベエを乗っけたいんだよ。どうやって天辺まで運ぶかは考えてないんだけどね」僕のDNAは再び変化を始める。もしかしたら、このとき、この人のそばにいてもっとDNAに衝撃を与えたいと思ったのかもしれない。

「林さん、この辺に空き家ってないですか。住む所を探しているんです」
そうして、しん子さんの協力もあり、工房から2キロほど離れた場所にいまの家、つまりアムチ薬房を見つけることができたのである。

ツリーハウスの脇には蛇掘川という鉄分を豊富に含んだ小川が流れている。「何故かねー、昔から鉄と蛇は関係があるんだよ」とは林さんの談。そして、布を薬草で染色した後にこの川で晒すと鉄分と反応して独特の色合いが醸し出されるというのはしん子さんの談。

チベット医学では鉄(チャク)を現代医学同様、貧血や疲労の症状などに処方している。金属の鉄をタンニン成分が豊富なアルラ(詞黎勒)と煮込み、真っ黒にしたものを満月の光にさらす。それもチベット歴八月十五日の満月の夜だけである。

チャク・ギ・チンドゥク・ミクネ・キャバブ・セル。
鉄は肝臓の毒、眼の病、浮腫み、を解消してくれる。  四部医典論説部第20章

「僕はねー、昔からテツ学をやってるんですよ。漢字が哲と鉄でちょっと違うけどね」。林さんの鉄学談義は酒が入るほどに熱を帯び、その高熱のせいで鉄のごとくフニャフニャになっていく。溶け出す融点は近年、かなり低くなった。その鉄を「あー、またこんなに呑んで!」と、しん子さんが強烈なハンマーで打ち付けていく。鉄工芸や染織も素晴らしいけれど、それ以上にこうやって作り出される個性豊かな「日常」という芸術作品こそ共同工房『麦草工房』の一番の魅力なのかもしれない。

そして、このお二人とともにこの夏は小諸高原を魅惑的なチベット色に染めたいと考えている。ちょうど「布」を「薬草」で染めて「鉄」の「小川」に晒すと独特の色合いが醸し出されるように。でも僕が大嫌いな「蛇」の登場だけはどうか勘弁願いたい。
『コモロDEチベット』。みなさまのお越しをお待ちしております。

tibet_ogawa071_3林さんの野外ギャラリーの前で
アムチ薬房の看板は林さん作


麦草工房   http://www.geocities.jp/mugikusakobo/info/info.html
 

小川さんによる講座情報

この夏は「コモロ DE チベット」

6月から8月にかけて小諸高原には多くの薬草が咲き乱れます。そして、その多くの薬草は意外にもヒマラヤの薬草と似通っているのです。小諸高原を散策しつつ、いつしか心はヒマラヤへ飛んでしまった、なんてことがあるかもしれません。元長野県自然観察インストラクターであり、ヒマラヤのアムチでもある小川の案内で薬草の宝探しに出かけませんか。「薬草を探して、摘んで、混ぜて、煎じて、服用して、健康になる」。そんな医学、薬学の原点を体験してみましょう。みなさんのお越しをお待ちしています。

(日 程) 6月から8月にかけて随時受付
       6月4,5,6、11、12、13日は、それぞれ定期講座を開催します
(定 員) 2名~10名
(料 金) 2名~5名の場合、一人5000円  6名~10名の場合、一人4500円
       ハーブティーとケーキの軽食付き   (協力 麦草工房)
(場 所) 薬草観察フィールド:小諸・麦草工房周辺  薬草茶講座:小川アムチ薬房 または 麦草工房

(お問い合わせ・お申込み )
       小川アムチ薬房<受付は終了しました>

オプション体験コース
<林通雄さんの鉄彫刻教室>
鉄で葉っぱのペンダントやスプーン作りに挑戦します。
<安藤信子さんの草木染教室>
紫根やラック染料を用いてチベット僧衣色(エンジ色)の染織に挑戦します。そのほか、いろんな薬草での染織が体験できます。

こんなツアーもあります!

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