第85回●プラタナス   ~チベット語を学ぶ日々~

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

図書館の前のプラタナス

ダラムサラのチベット図書館の前には大きなプラタナスの木が立っている。まだ僕がチベット語の初歩を学んでいたころのこと。1999年4月から通い始めた外国人向けチベット語クラスの授業が終わると、クラスメイトは木の下に集まり英語と、覚え始めた片言のチベット語で談笑がはじまった。学問にはなぜか大きな木が似合っている。お釈迦様は菩提樹の下で悟りを開かれ、ニュートンはリンゴの木の下で万有引力の法則を思いついたというではないか。なによりも、そうしていることで“国際留学している”という、ちょっとした自己満足に浸ることができたものだった。
 午後からは会話力を上げるために家庭教師を紹介してもらい、やはり図書館前のプラタナスの木の下で授業に励んだ。それが美人のニマと可愛いドルマである。二人ともチベット語学校で先生をしているプロで、一週間ずつ交代で教えてくれることになった。

 ニマはチベットというより故郷ラサ(昔のチベットの首都)への愛着が非常に強く、だからこそ、日本でいう京言葉にあたる柔らかい表現のラサ語を大切に守り続けている。その一方で「キャッパ・サ(くそ食らえ!)」という俗語も多用するあたりが彼女の不思議な魅力である。頭の回転が非常に速く、とにかくアドリブでの会話の続け方が上手い。
 薬師丸ひろこに似たドルマちゃんは、まさに僕のタイプでワクワクしながらいつも授業に臨んでいた。ニマほど器用なタイプではないが、辛抱強く、比較的マニュアル通りに授業を進めてくれる。そうして二人の性格がまったく違うおかげで、一週間おきに飽きることなく授業を進められたのは非常に効率的だった。

 さらに2000年9月、メンツィカン入学試験への挑戦を決めると、受験にむけて新しい家庭教師リンチェン先生を紹介してもらい本格的な勉強が始まった。学校で生徒会長を務めていたほど責任感が強く、チベットの一般教養にとても精通している。去年まで亡命政府の防衛省に勤めていたが一身上の都合で退職し、僕にとっては非常に都合がいいことに無職だったのである。たまたま先生の部屋の隣が空いたこともあり、僕はすぐさま先生のアパートに引っ越してホームステイのような形で時間の許す限り受験勉強に取り組むことになった。しかもニマ、ドルマの美人コンビの授業も定期的に続け、足りない部分を補ってもらうことでこれ以上は無い受験体制“チーム・オガワ”を組むことができたのである。

 そしてメンツィカン受験(第15話)を終えた5日後、誰かが部屋のドアを激しく叩いていた。ドアを開けるとリンチェン先生が息を切らして興奮しているではないか。「オガワ、合格したぞ!いまお寺の前に合格発表の紙が張り出されたんだ」。正直なところこの瞬間、自分が合格したことよりも、先生が自分のことのように喜んでくれていることのほうに驚いた。また、あるチベット人が「日本人が合格できるはずないよ。きっと裏のルートがあったんだよ」と噂したときに、普段は物静かなドルマが敢然と怒りをあらわにして否定したという話を伝えきいて胸が熱くなった。そしてニマは「誰のおかげで合格できたと思っているのよ」と笑いながら2010年の今なお恩を着せてくる。

授業を受ける筆者(写真提供:七沢英文様)

 そうして入学試験をクリアしたとはいえ、チベット語の精鋭たちが集う環境に飛び込むと、当然、自分が一番下手クソなので悔しい思いをすることになる。3時間の定期試験では、ほとんどみんな2時間ほどで書き終えて退出するのに、僕はいつも制限時間ギリギリまでかかってしまったものだ。しかも、チベット医学界における外国人の存在をあまり好ましく思っておられないH先生の採点は、とにかく僕に厳しかった。一度、あまりにも納得のいかない採点に激昂した僕は、職員室に乗り込んで抗議をしたことがある。すると「だって、貴方のチベット語は汚いし、綴りもところどころ間違っているじゃない」といわれ憤慨やるせないことこの上なし。さらにその延長で授業中に激しい口論になったこともある。とにかく目の上のタンコブのような存在だった。しかし、そのおかげで一念発起し、研修医時代は診断書を書く文字の美しさで患者からの信頼を得るまでに上達したことを考えると(第59話)、H先生には本当に感謝である。「あの日本人のアムチは私の弟子なのよ」と自慢げに語っていたという話を伝え聞いたとき、ようやく外国人の僕を認めてくれたんだと嬉しさが込み上げてきた。

ちなみに四部医典には次のように記されている。

(医学の学びの)出発点となるのは文法であり、文字の読み書きを極めなさい。
医学の教えを理解できるか否かは、これ次第である。(論説部第31章)

 ダラムサラでの10年間を振り返ると、医学というよりは、ひたすらチベット語と格闘していた思い出ばかりが甦る。ダラムサラは開発が進み、あらゆる建物や人々も移り変わっていくけれど(第29話)、いつまでも変わらないプラタナスに出会うと、拙いチベット語しか話せなかった10年前のことを思い出させてくれる。そしてプラタナスの木の下にはいまもチベット語を学ぶ外国人が集い、お喋りに花を咲かせていることだろう。

[お知らせ]1月14日から風の旅行社、東京本社の一室でチベット語講座を開講します。プラタナスではありませんが、一本、大きな木を用意しておきますから、みなさん、木の下でいっしょに勉強しませんか。お待ちしています。

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