第84回●ツェラブレツィ ~チベット占星術~

tibet_ogawa084_1占星術に関する仏画。
十二支、八卦が描かれている。

小川 康の 『ヒマラヤの宝探し 〜チベットの高山植物と薬草たち〜』

チベット人は迷ったことがあると「モ」と呼ばれるサイコロ占いを密教行者にお願いすることがある。たとえば、近年では「外国に渡るビザがもらえるかどうか」を占ってもらうケースが多い。また、チベット子供村(TCV)では試験前に「行者さん、明日の試験ではどこが出題されるでしょうか」と占ってもらう生徒もいる。日本語が堪能なニマちゃんは、日本へ渡って介護士の道を目指すか、インドで看護学校に進学するかで迷いに迷い、最後はモに委ねてインドに残る道を選んだものだった。「決めました!」と報告する晴れやかな顔が忘れられない。病院や医者を選ぶのにモを頼り、その結果、幸か不幸か、僕のところに診察に来たおばあちゃんもいる(第59話参)。

tibet_ogawa084_22024年のカレンダーを作成中のダツェ

もう一つ、チベットを代表する占いにツィがある。モに対してツィ(算術)は、その語源どおり暦法学の算術によって導き出される。こちらは我がメンツィカンで5年間学んだ占星術師か、お寺で専門の勉強をした僧侶が行う。しかし占星術師の本来の仕事は占いではなく、主に月齢に沿った年間のカレンダーを作る暦法学にあり(第41話参)、メンツィカン5年生の卒業制作として、1人につき1年分のカレンダー作成が義務付けられている。たとえば僕のルームメイトだったダツェは2024年の課題が与えられ、その年の1日1日の暦学を深夜まで計算していたものだった。彼によると2024年は少し雨が多い年らしい。

そうしてツィはチベット民衆の生活に根ざす一方で、近年は特に外国人から、ツェラブレツィと呼ばれるホロスコープ・占星術を求められることが多くなっている。ツェラブ(今生)レ(カルマ)ツィ(算術)は生まれた年月、時間、場所、氏名をもとに暦学を計算し、一人につき便箋4枚以上に渡って詳細に生まれてから死ぬまでの人生が語られる。したがってモのようにすぐに結果が出るわけではなく、1人につき約4日間を要する。

ツェラブレツィは運命の予言書というよりは「いかによりよく生きるか」という指南書に近い。たとえば「50歳に差し掛かったとき、大きな病気をする可能性があるので、そのときはたくさんの子犬を助けてあげなさい」とか「37歳の時に災いが降りかかったら、お寺でギャブシというお払いをうけなさい。そして貧しい人々に施しをしなさい」などの助言が記される。男女の相性が悪かった場合でも「別れなさい」という例は稀で「家にこの守護神を祀り、真言を唱えなさい」などの具体例が記される。一見、占いという受動的な形をとっているものの、その本質はとても能動的である。よく「チベット占星術は当たりますか」という質問を受けるけれど、それは「チベット薬で病が治りますか」という質問に似ている。当たります、治りますとは断言できないけれど、生きる力や指針を与えてくれるのは間違いない。そうやってチベット社会の中で人々の心の調和を図る重要な役割を果たしてきたのである。

tibet_ogawa084_3占星術コースの学生
砂のボードの上で計算をする

以前、あるチベット人の学校で集団食中毒が発生したことがある。料理人がうっかり腐った材料を用いてしまったのだ。メンツィカンの医師たちが学校に駆けつけて治療にあたったけれど、不幸にして生徒が1人亡くなってしまった。そこで、占星術師が亡くなった子のツェラブレツィを算出したところ、実はすでに3年前に寿命は尽きていて、3年間も余分な人生を送ることができていたのだ、という結論が出された。そうして親は納得し、料理人は訴えられず、5日後には通常の授業が再開された。もちろん、親は内心、忸怩(じくじ)たる思いだったであろう。料理人も罪の意識に苛まれているのは間違いない。
うがった見方をすれば占星術師は「後出しジャンケン」のようにも見える。また、全ての事件において占星術が機能するわけではないし、亡命政府の裁判所では未解決の揉め事が審議されている。しかし、今回に関しては罪を憎んで人を憎まずのごとく、占星術という学問・文化の力によって人々の怒りや悲しみのエネルギーを収めてしまったのも事実である。
実のところ占星術も医学も、個人の幸せや治癒よりはむしろチベット社会の調和を図り、社会・文化が未来へと存続していくことを第一の目標としているのかもしれない、と日本人の僕は客観的に捉えている。つまり「当たるか、治るか」という個人的な問題は二の次なのである。そして社会の調和が回りまわって個人の健康や幸せに繋がっていく。だから日本の方には占星術やチベット薬を試される際には、自分自身の運勢や健康はさておき、まずはチベット文化・社会に溶け込んでいただきたいと思っている。

風のツアーでお客様から希望があった場合は、同級生のテンジンに占星術をお願いしている。その際は生年月日を伝えるだけではなく、お客さんと一緒にお茶を飲みながら占星術を紹介してもらっている。そして1人1人、日本人の悩みに耳を傾けつつチベット仏教の哲学を紹介してもらい、時には深夜の11時にまで及ぶこともある。そんな彼は疲れたそぶりも見せずに最後にこう語ってくれたものだった。「私がお寺にお参りするときは必ず、いただいた占星術代金からみなさんに代わってお布施をしています。そして手を合わせて『今まで自分が占ったみなさんが幸せになりますように』と祈りをささげています」と。
日本から遠く離れたダラムサラの地で、自分の幸せを占星術師が祈ってくれている、そう思うだけでも心は豊かになれるのではないだろうか。そこにチベット占星術のもう1つの魅力があると思っている。

(参考)
ツアー中にテンジンが不在の場合は、別の占星術師にお願いすることがあります。占星術には誕生の正確な時間が必要です。結果は英語で記され、国際郵便で2、3ヶ月以内に送付されます。

tibet_ogawa084_4冬の小諸高原で見つけた赤い実

小川さんからのお知らせ
薬草観察会、薬草茶講座を改め、アムチカフェを始めました。冬の小諸高原を散策しながら、チベットや薬草の話に花を咲かせませんか。散歩の後は薬草茶で体を温めましょう。お待ちしています。
作家よしもとばななさんの日記(11月8日)にも登場しました。
詳しくは 小川アムチ薬房 のサイトをご覧ください。