第99回●ブルーベリー ~優しさのバトン~

tibet_ogawa099_4アムドの草原を散策する

1980年、僕が小学校2、3年生のころ。高岡市の大会で優勝するほど強い地元の少年野球団は僕にとって憧れの存在だった。大会が近づく7月。練習が終わる夕方の6時頃になると、近所のM商店でコカコーラを買って選手たちに差し入れるのが母の日課となっていた。まだポカリスエットなどスポーツ飲料が登場する前のこと。プラスチックケースを自転車の荷台に載せてグランドへ向かう母。僕はいつも母にくっついて練習を見守ると同時に、コカコーラのおこぼれに与れるのを楽しみにしていたものだった。時に選手の人数分ピッタリで余らなかったときの落胆を今でも覚えているくらいである。あのとき、僕は夕暮れの道を母と一緒にグランドに向かって歩いた。自転車の荷台ではコカコーラの瓶の音が「ガチャガチャ」と鳴り響いていた。そして、最後に1本だけ残ったコカコーラを、選手のお兄さんたちに少し気兼ねしながらも飲み干した。

しかし、大学生になった1990年あたりからコカコーラやファンタといった類の清涼飲料水を飲むことは少なくなり、20代はそれこそ「体に悪い」として敵視するようになっていたし、そういう時代だったように思う。あのころは自然・純粋なものに憧れて佐渡や長野の山間地で暮らしていた。
ところが、さらに文明から離れたダラムサラに住むようになってからというもの、久しぶりにコカコーラを飲むようになってしまった。一つに、日本ほど飲料の選択肢がないので止むを得ないということもあったし、地元のインド人、チベット人たちが何の抵抗もなく美味しそうに飲んでいるのをみると、ついつい飲みたくなってしまったこともある。そして、そんなときは10、20代を飛び越して9歳のころの自分が蘇えってくる。チベット医学を学ぶために日本を離れたことで、以前は「体に悪い」としていたものを許せるようになるとは(医学の目標は健康にあるはずなのに)、我ながら不思議なものだ。
もっとも、コカコーラは元々、疲労回復作用のあるコカインを含むコカ葉と、カフェインを含むコラ木の実をミックスした薬草飲料だったことを忘れてはいけない(現在はどちらも配合されていない)。

そういえば、2002年の夏、メンツィカン男性寮の改築工事に励んでいるインド人労働者たちに、こっそり(同級生たちにバレると照れくさいので)コカコーラを差し入れていたことがあった。あれは、もしかしたら母との幼い頃の思い出が僕にそうさせたのかもしれないと、卒業した今になって、ようやく思い当たった。優しさのバトンが知らず知らずのうちに僕の心の中に受け継がれていたなんて……。

アムド高原で出会った薬草

tibet_ogawa099_2チベット名 レチャクパ
紙の原料に用いられる
tibet_ogawa099_3チベット名 テガ
和名 グンバイナズナ
腎臓病に用いられる
tibet_ogawa099_5チベット名 シラ・カルポ
和名 サイコ
肝臓病に用いられる


話は変わって、つい先日、2011年7月26日出発青海チベット高原・薬草の旅の3日目。日本からの参加者8名とともに青海省の高原に薬草散策に出かけることになった。現地のチベット医から薬草の解説を聞いたり、薬草を写真に収めたりして楽しんでいると山の中から村のおばさんたちが歩いてきた。手には何故かヤカンを持っている。水が入っているかなと覗きこんでみると、中にはブルーベリーの実が詰まっているではないか。早速、みんな1つずつもらって口にしてみた。

tibet_ogawa099_1アムド高原のブルーベリー

「ワー、美味しい!」
アムドの草原に日本語の感嘆詞が一面に響き渡った。するとおばさんたちは、1人1人の手のひら一杯にブルーベリーを配ってくれ、ついにヤカンの中は空っぽになってしまった。
「申し訳ないですよ。お返しします」
と押し問答を繰り返すも、おばさんたちは最高の笑顔を向けて、さっさと去ってしまった。もしかしたら、朝から遠くの山まで出かけて採取してきて、家では子供や孫が楽しみに待っていたかもしれないというのにである。初めて出会った見知らぬ人たちに、なぜ、こんなにも気前よく差し出せるのだろうか。その代わりにといってはなんだが、今晩「珍しい外国人に出会ったよ」という話題でより一層、盛り上がってくれていたらと願うばかりであった。

いつか僕があちら側の立場になることがあるかもしれない。山からキノコや果実を取って帰ってきたときに、もし外人に出会って感嘆されたら、僕は、あのおばさんたちのように笑顔で全てを与えることができるだろうか。そんな日が訪れるまで、アムドの草原で受け取った優しさのバトンをしっかりと心の中に握りしめていたいと思っている。

【お知らせ】青海チベット高原・薬草の旅 ツアー報告会 開催

◇日 時:2011年9月9日(金) 19:00~20:30
◇会 場:ゆたか倶楽部(東京・神田)
◇内 容:7月に催行した「青海チベット高原・薬草の旅」の報告会です
詳細は⇒ 青海チベット高原・薬草の旅 ツアー報告会

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