第100回●デビルス・クラブ ~ボブ・サム氏との出会い~

tibet_ogawa100_3デビルス・クラブ

2005年1月、本連載の第1回『ツェルゴン』を執筆するにあたり、僕は大好きな星野道夫さんの『旅をする木』と『ノーザンライツ』を繰り返し読んだ。アラスカの大地や風景が活き活きと眼前に浮かび上がり、アラスカに飛んでいきたい衝動に駆られてしまう。僕もこんな素敵な文章で読者をヒマラヤへと誘いたい。そう願いつつ、星野さんに成りきったつもりで一気にエッセーを書きあげた。


星野さんの文章中には熊やカリブなどの野生動物だけでなく、アラスカの人々との触れ合いがたくさん描かれている。その中でも僕が一番、心に残った登場人物はボブ・サムさんだった。アラスカの南東に位置するシトカ島の生まれのクリンギット族。彼らはそれぞれに家系を動物に喩えるのだが、ボブさんはワタリガラスの家系だという。星野さんはワタリガラスにまつわる神話の探究を進めるうちに彼に出会い、心を交わし合っていく。ボブさんはクリンギット族に伝わる神話の語り部であるとともに、荒れ果てた先祖の墓地を整備しつつ、実に25年にもわたって先祖の霊と会話を続けていた。星野さんの著書の中には焚火に当たるボブさんの写真とともに「とても寡黙な男」と表現してあった。いったいどんな神秘的な人なんだろう・・・。

tibet_ogawa100_1ストーリーテーリングをするボブさん

その憧れの人が、いま小諸の我が家を訪れ、コーヒーを飲んでくつろいでいる。夢か幻か。切っ掛けはボブさんの通訳を務めている旧知の友人の紹介だった。


そして早速、通訳を介して薬草の話で盛り上がった。以前から星野さんのエッセーに登場するデビルス・クラブという薬草が何なのか気にかかっていたのだ。『ノーザンライツ』の中で星野さんはこう語っている。
「早春のある日、南東アラスカの森を友人のボブと歩いていた。鬱蒼とした茂みをかき分けてゆくと、デビルス・クラブの葉が身体中のあちこちを突き刺した。この土地の森を歩く時、葉の裏にたくさんのトゲが隠れたデビルス・クラブほど厄介な植物はない。けれども、もしこのトゲがなければ、たくさんの栄養を含むこの葉は森の生き物たちにたちまち食べ尽くされているに違いない。そしてボブは言っていた。自分たちクリンギット・インディアンにとって、デビルス・クラブほど大切な薬草はないと……」
ボブさんがデビルス・クラブの特徴をゆっくりと僕に説明してくれた。「刺があって、木で、樹皮を薬に使う。特に根っこの力が強い」。僕は推理を働かせる。そして「朝鮮人参の仲間らしい」という最後のヒントで「分かった!ウコギの仲間。多分、エゾウコギだ」と思いあたった。アイヌ民族でも用いられていたエゾウコギの樹皮、中でも根皮は滋養強壮の特効薬として知られている。

tibet_ogawa100_2ハドソンベイ・ティー

次に、クリンギットの人たちはどんな薬草茶を飲んでいますかと尋ねると「ハドソンベイ・ティー」という答えが返ってきた。小さい葉っぱで、匂いが強いという。ちょうどお土産で持ってきているというので見せてもらうと、すぐに思い当たった。これはヒマラヤに生えるパルー(第11話)ではないか。僕はサンプル瓶に入ったパルーを見せると「おおー、これだこれだ」とボブさんも驚いてくれた。


まさにベーリング海峡を挟んでの「薬草・札合わせゲーム」。遠く離れた場所に同じ薬草を見つけ、同じ使われ方をしていることは薬草民俗学的に貴重な知見かもしれない。でも、それ以上に僕にとっては2つの薬草のカードが重なったときの興奮、喜び、その瞬間こそが一番大切なのだ。きっとこんなゲームを楽しむためにこそ、薬の神様は世界中に薬草を植えられたのではないだろうか。

ひとしきり薬草の話で盛り上がり、少しは自分も星野道夫氏と肩を並べたかなと調子に乗っていると、ボブさんが低い声で語った。「オガワ、お前は薬草を扱う男なら、家のキッチンは綺麗にしたほうがいい」。クリンギット族では、環境を清潔にし、丁寧に、美しく薬草を扱うことが大切だという。僕はどちらかというと、楽しく、大らかに、心を込めて、薬草を扱うタイプだけれども、たしかに、丁寧さや清潔さ、美しさは僕に足りなかった部分だと納得させられた。

まだまだボブさんと魂の会話ができるほどの人間ではないけれど、まずは自宅のキッチンを綺麗にして、次の来日の際にも小諸にお越しいただきたいと切に願っている。

小川康による講座情報


ボブさんをゲストに迎え、クリンギット族の神話とともに、古くから伝わる薬草の知恵について語ってもらいます。小諸高原の森の中で焚き火を囲み、人類学、薬草学、環境学などあらゆる観点でお話します。